姉妹
「落ち付いた?」
ぐすぐすと泣き続けていた栞が収まるのを待って、香里はハンカチを差し出す。
「うん。ごめんね、お姉ちゃん」
「取り敢えず、この場を離れましょう。安全な場所に身を隠さないと」
栞に優しく話しかけながら、香里はふと視線を祐一の去った方向へ向ける。
『それにしても、相沢君の協力を仰げないのは痛かったわね……』
こちらは女性二人。しかも、内一人は病み上がりの身体なのだ。もし今襲われたら、
恐らく二人とも助からないだろう。
「お姉ちゃん」
「あ、何? 栞」
そんな香里の心中を察したのか、栞が不安げな顔で尋ねる。
「祐一さん、一緒に来てくれませんでしたね」
「そうね。相沢君にも都合があるんでしょ」
努めて冷静に返答する。栞はふぅ、と息をついて力無く笑う。
「困りました。ちょっと疲れてたんで、祐一さんにおんぶしてもらおうと思ってたのに」
「栞……あなた……」
「やっぱり、楽をしようと思うとバチが当たるみたいです」
そう言って、ぺたんと地面に座りこむ栞。駆け寄る香里の手を、ぎゅっ、と栞は握る。
そして香里の顔を見上げると、ふ、と笑みを浮かべて言った。
「お姉ちゃん。お願いがあります」
『このままでは、ちょっと動くのがつらいんで、私、ここで休んでます。お姉ちゃんは、助けを呼んで来てくれませんか?』
栞のお願い。それは、香里には賛同しかねるものだった。言いかえれば足手まといの自分を置いていけ、と言ってるのだから。
「嫌よ。さ、少し休みましょう。しばらくすれば歩けるようになるわね?」
そんなこと、出来るわけがない。香里は栞の言葉には耳を貸さないことに決めた。
引きずってでも連れていく。そう決意すると、栞の横に腰を下ろす。
「わ。ひどいです。一生のお願いだから、お姉ちゃん、聞いてよー」
「……自己犠牲なんて、流行らないわよ」
「私は足手まといだから、お姉ちゃんだけでも逃がそうと思ってるとでも?」
「違うの?」
「違うよ。私、そんな良い子じゃないです。やっぱり、頼りになる男の人がいないと、
これから先、大変だから助けを呼んで来て、って言ってるの」
「そうかしら?」
「わ。疑い深い人、嫌いですー」
そこまで言われて、香里は考える。生き残るための最善の方法を。
そして、長い沈黙。しばらく考えた後、香里は決意して口を開いた。
「30分。……いや、20分待ってて。助けを連れて必ず戻って来るから」
栞が足手まといになるのを恐れて、自分だけ逃そうとしているのなら、自分はそれを利用してやろう。
それが、香里の出した結論だった。
栞の身に危険が及ぶ前に、協力者を見つけて帰ってくれば良い。そうすれば全てが上手くいく。
香里は疾走する。協力者を求めて。取り敢えずは、祐一の消えた方向へ向かっていた。
「相沢君にも、事情があるかもしれないけど」
香里は走る。出来るだけ早く。栞の元に帰るために。
「こっちにも事情があるんだから、無理にでも来てもらうから」
しばらく走り続けた後、息を整えるために立ち止まる。ふいに、考えまいとした思考が形になる。
『もし、帰ってきたとき、栞がいなかったら?』
『もし、帰ってきたとき、栞が物言わぬ躯になっていたら?』
『もし』……。
「……そんなの。今は考える必要が無いわ」
香里は制服のポケットに忍ばせておいた、支給武器のメリケンサックをきつく握る。
その時、島の空には高槻の顔が映し出されたが、香里の目にはそれは映らなかった。