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(まず、あの五人。
 あんな放送がかけられるということは、全員手強そうです)
 住宅街に入った茜は、そこで放送を聞いた。
 その五人を殺せば、高槻を殺すチャンスがうまれるらしい。
 実のところ、茜にとってはどうでもよかった。
 死人は少ないに越したことはない、が、別に全員殺して助かってもいい。
 帰れれば、あの空き地に戻れれば、それでいいのだ。
 異様なほど静かな住宅街を注意深く歩く。
 そして、ある路地裏で、
「見つけた……」
 五人の中の一人だ。
 名前は忘れた、どうでもいい。顔さえ覚えていれば。
 だが様子がおかしかった。
 虚ろな表情でずっと空中を眺めていた。
(隙だらけ……どうしてこんな人が放送で?)
 まぁ考えても仕方がない。
 とりあえず、殺そう。
 懐から銃を出し、発砲。
 それだけでよかった。

 動かないのを確認して、そっと近付く。
 遠目にはわからなかったが、少女にはかすかに息があった。
 そして、気付く。別人だったということに。
「ごめんなさい。別人だったみたいです」
 声をかける。
「……勘違いで殺されるなんて……浮かばれませんよ……
 そ、そんなこと、言う人、嫌いです……」
 栞は笑顔だった
 涙を流して、笑っていた。
「どうして笑っているんですか?」
「……私がいなくなれば、お姉ちゃんの足手纏いにならなくて、すみます」
 悲しい笑顔。ある種の強さを身に付けてしまった者の、そんな笑顔だった。
「……置いていかれる人の気持ち、考えたことがありますか?」
 この子を撃った自分が何を言ってるのだろう。
 だが今も続いている過去の苦い記憶から、どうしても言わずにはいられなかった。
「わかって、ます……私も、ゆういちさんに、おいていか、れた……ばかり。
 ふぅ……さいご、に、あ、あいたかった……ゆういちさん……」
 目を閉じ、もう喋らなかった。
(ゆういち……祐一?)
 栞が口にした人名が、茜の心を揺さぶった。
 中学一年生のころ親しくしていた友達だ。
 どことなく浩平に似ている気がする。
 一年間だけ過ごし、そして転校してしまったが。
(まさか。「ゆういち」なんて名前の人、いくらでもいます)
 思い直し、栞の鞄を手にとる。
 中には目覚まし時計が入っていた。
「?」
 針を合わせてみる。

『朝〜、朝だよ〜』

「……なんですか、これは?」
 多少引きながら、説明書を見る。
『目覚ましの針を6時にセットし作動させると大爆発! 油断大敵だネ!』
「……不用意に触るものじゃないですね」
 スイッチを切って、鞄に入れる。
「使わせてもらいます」
 物言わぬ栞に向かい声をかけ、何事もなかったように歩き出す。
 静寂に包まれた住宅大には、安らかな笑顔を浮かべた栞だけが残された。
 笑顔の向こう側に何があったのか、それは誰にもわからなかった。

086美坂栞 死亡
【残り86人】

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