薄暗い森の中。
040番、坂神蝉丸はそこにいた。
坂神蝉丸は考えていた。
自分がどうするべきかを。
その軍人としての冷静さで。
―考える、きよみの事を。
―考える、月代の事を。
―考える、夕霧の事を。
―考える、高子の事を。
そしてあの診療所の医師、石原麗子や他の強化兵のことを。
……考えに対する答え。
きよみ…何とかして生きて帰したい。
彼女を想う祐二や、命を捨ててまできよみを託した光岡にかけて。
それにできれば、複製身のきよみも。
月代…守らねばならない。
もう二度と月代の悲しむ顔など見たくは、ない。
夕霧…心の優しい娘。
だが先程の放送が確かなら、夕霧はもういない。
俺は夕霧を殺した奴を許しはしない。
高子…聡明で賢い女。
彼女を夕霧の二の舞にすることはできない。
石原麗子…いまいちよくわからない。
保護したいとは思うが、何か信用できない部分がある。
岩切や御堂…遭遇すればまずこの島の誰よりも強敵になるだろう。
仙命樹が働かないとはいえ、戦場に誰よりも慣れているのだ。
しかしその岩切は何者かの手によって殺された。
水戰試眺体として水辺、水中において敵のいない岩切だ。
生き残るために、ほぼ確実に川や浜辺に潜んでいたと考えられる。
そして能力が発揮されないとはいえ、地形的に慣れており、激しい訓練も乗り越えた。
かつ場数も踏んだ岩切が一般人に殺された。
もしかして油断したのだろうか?
奴の性格から考えて、おおよそ思いつかないわけではないが、この状況では考えづらい。
ならば一体どういうことか。
いくらか前、この殺し合いの管理者の高槻とかいう奴が言っていた台詞。
『多分能力者の諸君は、気づいてるだろうが――』
……他にも、いる。
一体どのような力を持つ者がいるかはわからないが、
……いるのだ。
俺達強化兵のような、あるいはそれをも上回る力を持った者が。
加えてこれも高槻が言っていたが、能力者の能力は弱められているらしい。
それなのにほぼ同条件で岩切を殺せる者がいる。
とにかくわかった事は、脅威は残る強化兵の御堂だけではないということだ。
ならばなおさら、きよみ達を早く探さねばならなかった。
改めて出発するときに手渡された布袋の中身を見る。
水や食料、島の地図等に混じって入っているのは、何か四角い物。
衝撃吸収の布の中に入れられていたのは薄っぺらい箱のようなものだった。
「…確か……『ぱそこん』とかいったか。 情報処理が可能な電子計算機らしいが。
しかしなにか説明書のようなものでもあればいいが……どうやらそういうものは無いようだな」
蝉丸は少しパソコンをいじってみて、電源らしきものは発見したのだが、迂闊に操作して
故障させるといけないのでとりあえず衝撃吸収布の中に戻した。
それから蝉丸は辺りを見回し、太い木の枝を折ると、枝をざっと払って構えた。
「今の俺は仙命樹の無い普通の兵士を同じだ。 強化兵としての戦い方はできないだろう。
頼りになるのは剣と勘だけだ。 不用意な戦いは避け、且つもしもの時は容赦しない。
……待っていろ、きよみ、月代、高子…俺が守ってやる!!」
蝉丸はまるで自分に言い聞かせるかのように低く、静かに、だが力強くそう呟くと、
陰形を保ちつつ走り始めた。