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「…はっ!…ふっ!…」
しゅっしゅっと風を切るワンツー。
素人には出来ない身のこなし。
「…はぁ…でりゃあっっ!!」
そして必殺の回し蹴りを放つ。
技のキレは落ちていない。
いや、むしろこの島の状況が脳をより集中状態にしていた。
081番、松原葵は住宅街の少しはずれ、小高い丘の神社にいた。

「…っふぅ、少し、休もうかな」
そういってつくため息は、決して特訓からくるものではなかった。
『殺し合い』
その事実はあまりにも葵にとって重すぎた。
ヒトが実際に殺し合う、非日常的空間。
あきらかに、おかしい。
だからこそ葵は逃げる事も戦う事も考えずに、自分のいた日常。
つまり浩之との放課後の特訓を思い出して、似たような神社に行ってシャドーをしていた。
「お水、飲も」
バッグからペットボトルを取り出して、喉を鳴らす。
冷たくはなかったものの、ほどよく汗をかいた葵にはそれでもまぁ、満足のいくものだった。
ペットボトルを戻そうとバッグの口を開けたとき、意識的に見ないようにしていた、
黒い鉄の塊が視界に入った。
…じわ…
にわかに手に汗がにじむ。
葵は良く考えてから、それを取り出してみることにした。
ずしり、と重たい感触。
やはり見るのをやめようとも思ったが、とりあえず見てみることにした。
自分の厭な考えが的中しないように願いながら。

意を決して塊を取り上げた葵は奇妙な感覚にとらわれていた。
砂漠の鷲の名を持つ大口径銃。
ぽっかりと空いた銃口は自分の理性が吸い込まれてしまうかのようだった。
葵は、自分の事はそれなりによくわかっている。
試合では相手を倒すことが出来るが、きっと戦いでは相手を殺せないだろうという事を。
それが当たり前。
それが日常。
でも、今ここに非現実への扉を開く鍵がある。
葵が一番恐れた事。
自分が生き残るために相手を殺めてしまうかもしれないという可能性。
だから武器が使い物にならないものだったらどんなに良いかと思っていた。
しかし現実には、葵ほどの力があって、撃ち方さえ誤らなければ、人に命中しなくても、
十分脅威となるモノが自分の手にあった。
いっそ、気狂いにでもなってしまったほうがどんなに楽だったろうか。
あたまをくるわせて、ただひたすらにあいてをころすけものになれたら―

そこまで考えて葵はぶるんぶるんと頭を振ると、手の中の銃を地面に叩きつけた。
「…はっ…はあっ…そんなの……そんなの良いわけないですっ」
肩で息をし、奇妙な感覚にとらわれていた脳を正気に戻す。
自分の見知った人たちが、自分とほぼ同年代の人たちが、傷つけ、殺しあう。
明らかな歪み。
どう考えても、良い筈が無い。
そう、良い筈が無いんだ。
自分は気狂いになれないんだから、正気な行動をするだけだ。
先輩や綾香さんなら、きっと力になってくれる。
みんなで、帰るんだ。
「…みんなで、帰るんだ」
そして葵はデザートイーグルを神社の軒下に捨て、丘を降りはじめた。

非日常から偽りの日常へ逃げた少女は、彼女のほんとうの日常を取り戻すため、動き出す。

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