マナ


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 数分後。
「さて、以上をもって治療は完了だ。何か言うことは?」
「……ありがとう」
 治療といっても消毒して絆創膏を貼っただけだったが、マナは素直に礼を言った。
「うむ。ところで君、まだ名前を聞いていなかったな。名前は?」
「観月よ。観月マナ」
 普段だったら「人に名前を尋ねる時はまず自分から名乗るのが普通じゃない?」くらいのことは言うのだが、
 なぜだかこの女性に対してはそういう口をきく気になれなかった。
「観月くんか。私は霧島聖、医者だ。『霧島センセイ』と呼んでくれて構わないぞ」
 見た目よりもテンションの高い人だ、とマナは思った。
「さて観月くん、君はどうしてこの島までやって来たんだ?」
「好きで来たわけじゃないわよ。学校の帰りに妙な男の人に話し掛けられて、急に眠くなって……
 気がついたらこの島だったわ。何が目的か知らないけど、誘拐の手口としちゃ月並みね」
「ふむ、似たようなものか……それで、これからどうするつもりかな」
「……『ゲーム』に乗って、もう殺してる人を見たわ……私が言えたことじゃないけど、迂闊に動くのはもう危険ね。
 とは言え、死んでも人殺しになんかなれないし……まずはお姉ちゃんや藤井さんに合流して、それから考えるわ」
「探すべき人がいる、というわけか。武器は何を貰った?」
「これよ」
 マナは服の胸ポケットから小さなキーホルダーを取り出すと、チャラチャラと揺らした。
 一回百円のガシャポンに入っていそうな、いかにも安っぽいレーザーポインターだ。
「なるほど、それでレーザーか」
「バカみたい。こんなんじゃ身を守るのもできないじゃない」
 マナは自嘲気味に呟いた。
 風が吹いて、森の木々がザワザワと揺れた。

 ややあって、聖が口を開いた。
「わかった。なら私の助手になるといい」
「……どういうこと?」
「さっき、君は『死んでも人殺しにはなれない』と言ったろう。私もそうだ。
 私は医者だ。先ほどの観月くんのように怪我をして、あるいは戦闘で傷ついた人間を見つけたら治療する義務がある。
 誰かが私に襲い掛かってきたとしたら、殴り倒してでも説得する。例え、その行動が命取りになっても、だ」
 聖は一旦言葉を切って、
「この島で動くにあたって、同行する人間の数は多いに越したことはない。
 が、人殺しが医者の看板を上げるわけにはいかない。連れにも人を殺してもらうことはできない。
 だから、君のようなタイプの人間が一緒に来てくれると非常に助かるわけだよ」
「……私に何かメリットは?」
「ここで私と別れて、一人で行動するよりは多分死ににくくなるんじゃないかな。
 私は意外と強いぞ。その上、怪我をしても即治療可だ。超お得だと言っても過言ではあるまい」
「わかったわよ……」
 マナはスカートについた土をパンパンと払って立ち上がった。
 確かにそうだ。自分には人は殺せないし、襲ってくる人間に対抗する手段もない。
 信頼できる誰かに出会う前に、殺されてしまう可能性は十分にある。
 正解の選択肢は全くわからない。ならば、霧島聖という女性に賭けてみてもいい。
 そう思わせる何かが、彼女にはあった。
「モタモタしている時間はない。行くぞ」
「はいはい」
 マナは、薄闇の中に浮かび上がる白衣の背中を小走りで追いかけて行った。

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