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理性。


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七瀬彰は、柏木初音と共に森を抜けた。穏やかな風が吹き付けてくる。
ううん、と伸びをして、初音は微笑みを漏らした。
「ありがとう、七瀬のお兄ちゃん」
愛らしい笑みを見せて微笑む姿に、多少なりどきりとしたが、いやいや、自分には美咲先輩が。
それ以前に十は年下と思われる少女だろ、相手は。ロリコンかいっ、と一人ツッコミを入れた。
「まださ。お姉さんかお兄さんを見つけなくちゃいけないんだろ?」
「あ、あのね、七瀬のお兄ちゃん。これ以上迷惑掛けられないから、わたし」
「バカだなあ、君がそんな事を気に病む必要はないんだよ。どうせ僕も人を捜してるわけだし」
「七瀬のお兄ちゃんも? 恋人さんを? お兄ちゃんすっごくかっこいいもん」
天使のような微笑みを見せて、初音は云った。――それに即答できない自分が情けない。
「いや、別にね? 恋人って云うか、うん、まあ、似たようなものかな」
……小学生の前で見栄張らんでも。
「へえ……綺麗な人なんだろうなあ。どんな人なの?」
「うん、僕には本当に勿体ないくらい綺麗な人でさ、頭も良いし、優しいし、演劇脚本の才能もあってさ」
……うう、云っててなんかみじめになってきた。
「でも、お兄ちゃんもすごく優しくてかっこいいよ! 羨ましいなあ、その人」
少し顔を赤くして、聞き心地の良い優しい声で云った。本当に、天使のよう。
やばい。本気で可愛い。待て、待て七瀬彰。いくら美咲さんが振り向いてくれないからって……。
「そ、そういえばさ、初音ちゃんはボーイフレンドとかいないの?」
途端に顔を真っ赤にする。
「い、い、いないよ、別にっ」
いるようである。少し落胆した自分に愕然とした。マジか。

「そっか……。そう云えばさ、お姉さんってどんな人なんだっけ?」
外見的な要素を聞いてもいなかった。話題を変える意味でそう訊ねると、
「うんとね、千鶴お姉ちゃんはすごく優しくて」
「いや、そうじゃなくて外見。捜すのに、さ」
「あ、うん。千鶴お姉ちゃんは黒い長髪のすごく綺麗な人で、
 梓お姉ちゃんはショートカットの、すごくスタイルの人で、
 楓お姉ちゃんは、セーラー服を着た、おかっぱのすごく可愛い人なの。
 で、耕一お兄ちゃんが、髪が短くて、すごく逞しい身体の、優しい人」
と、嬉しそうに語った。その様子を見て、本当に、逢わせてやらなくちゃ、と彰は心底思った。

耕一、という男の名前を出した時、不自然なほど明るい声になった。
多分、初音ちゃんが好きなのはその耕一という男なのだろう。
どうでもいいが、……こんな可愛い小学生に手ぇ出したら殺すからな。耕一。
――そこで、本気で殺意を覚えている自分に愕然とした。……本気かよ。

海が見えてきた。未だに薄暗いままだが、――遠くに、光が見えて、彰は唇を噛んだ。
だが、それを臆面にも出さず、
「海だね」
と、出来る限り明るい声を出した。
「うん、――すごく気持ちいい風」
初音は風を全身で受けながら、明るい声で云った。
「薄暗いけど、本当に綺麗な海。泳ぎたいなあ」
笑みを漏らしながら――。

「こういう状況じゃなければ良かったのに――」

――直後、本当に哀しそうな声で。

「どうして殺し合わなくちゃ行けないんだろう。どうして」
そこに座り込み、初音は、声をあげて、泣いた。
そうだ。元々、こんな少女がこんな状況に耐えられるはずがない。
一応もう大人である彰自身だって絶望しかかっていたのだ。
たとえ誰かに出会い、束の間の喜びを得たとして。
余程の事がない限り、――皆死ぬのだ。
「嫌だよ。助けてよ。何でわたし達が、こんなっ……」
声にならない叫び。
本当だな……どうしてこんな事になったんだろうな。
彰も、そこに座り、泣き出せたら良かった。
だが。
「大丈夫」
「七瀬の、お兄ちゃん」
彰は、背後からその細い肩を抱きしめた。
震えていて、けれど、どうしようもなく暖かな身体を。
「僕が護るよ。初音ちゃんは僕が護る」
勇気を出せ、七瀬彰。こんな娘一人守れないで、美咲さんが守れるはずもない。
柔らかな身体。甘い、良い匂いがした。震えがだんだん治まっていくのが判った。
「そろそろ行こう。君のお兄ちゃんを捜さないと」
「――うん」
顔を赤らめて、初音は立ち上がった。

彰の意志が生まれた。本当の意味での勇気。
そして、背後で初音が云う、
「ありがとう」
という声を聞いて、彰は確かに、強くなった気がした。

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