糾弾者


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「そんなに殺すのが好きか?」
往人は静かに問う。

「お前、血のにおいが強いな。何人殺してきたんだ?」
本当に匂いがかげるわけが無い、
往人は彼女の物腰からそれを判断した。

茜は答えない。

「見境無く殺してきたようだな、やはりいると思ったさ。
 お前のようにこのゲームにのった殺人者が」

「それは、あなたも同じでしょう」

自嘲だろうか……、軽い笑みを浮かべて茜は言った。

「……そうだな、だから俺にはためらい無くお前が撃てる」

チャキッ、と音が立つ。
往人がデザート・イーグルを構えなおした音だ。
彼の言葉どおり、既に撃鉄は起こされている。
そして茜もそれに気が付いていた。
この男は本当に言葉どおりに私を撃つだろう、と。

膠着状態が出来上がっていた。
茜は撃てない。
撃った瞬間に自分も撃たれるのは必至だったから。
往人は撃たない。
一発で即死させることができれば問題は無い。
しかしこの中途半端な距離でそれをやるのは、
やや成しがたく思えた。
失敗すれば、死ぬのは自分ではなく。
そこに傷ついて倒れている少年なのだ。

だがこの状況はけして往人に有利なものであるばかりとは
限らなかった。
膠着が続けば、その間少年はどんどん弱っていく。
そうすればいずれにしろ彼に訪れるのは死しかない。

彼を見殺しにして茜を殺す。
それはとても魅力的な選択に思えた。
だが……。


『でも、無闇矢鱈に殺すことはしないでしょう』
『その……殺しちゃったの?』
『じゃあ君はなぜ僕を殺さなかったの?』


頭によぎる言葉……。
それが俺を呵責する。

何で警告した?
気付かれる前に撃てばよかったのに。

ひと時の感傷が、俺を甘くさせたというのか……。

いや違う、あの距離では一撃で当てられない。
あの女の発砲を止めるために、
あえて姿を現したんだ。

往人はあえてそう思い込むことにした。

「お前、今は見逃してやる。殺されたくなかったらさっさと消えろ」
往人は言った。
「……いいんですか、私を生かしておいて」
「お前を殺すより、そっちの奴を助けるほうが大事だ」
往人はチャキッと銃を鳴らす。
「……別にいいんだぜ、お前を殺しても」
ほんの少し、声のトーンが下がる。
往人の瞳が、わずかに曇る。
「…………くっ」
茜は少年に向けた銃を返し、往人を牽制しながら後退する。

「私を生かしておいたことを、後で後悔しても知りませんよ……」
「知るかそんなこと」
往人はそれを見てシュンのそばに近寄った。

「!」

その瞬間を狙って、茜は往人を撃ち殺そうと拳銃を構える。
だが、

ギャインッ!

往人は自分の腕ごしに発砲した。
……茜の左肩へと。

「アグッ!?」

肩を劈く痛みに、茜はうめいた。

「警告はしたはずだ……、俺がその気にならない内にさっさと消えろ!」

何事も無かったようにシュンを起こす往人。
だが、その姿勢はいつでも発砲できるものとなっている。

「……あなたは必ず殺します、この私が」
右手で肩を抑えた状態で、茜はそうつぶやいた。

「そのときは、多分お前が死ぬときになるな」
彼女のつぶやきに、往人はそう応えた。
少し息が荒い少年を抱え上げ、大丈夫かとたずねてみる。
「……なんとか、まだ生きていられるみたいです」
「それなら大丈夫だ、町に着けば少しはまともな処置が受けられる。
 少し、我慢しろ」
シュンはうなずいた。

彼に肩を貸して歩き出す往人。
そしてその頃には、既に茜の姿は見えなくなっていた。

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