格闘少女
「お姉ちゃん。どこぉ?」
霧島佳乃(031)は、閑静な住宅街を駆けながら叫ぶ。姉の霧島聖(032)を探しているのだ。
「おかしいなぁ。さっき、白衣を着た人がこっちに走って行くのが見えたのに」
先程、この住宅街で銃声が聞こえた。恐怖よりも好奇心が勝った佳乃は現場へ赴き、
そして白衣の女性が遠くへ去るのを見付けたのだ。
『きっとお姉ちゃんは誰かに追われてるんだ。助けてあげないと』
佳乃には、姉を助ける手段があった。右手の、バンダナ。……これを外せば、魔法が使える。
大人になるまで外してはいけない約束だが、緊急事態だ。きっと大丈夫だろう。
佳乃は一人頷くと、走るスピードを上げる。
――純粋な彼女の想いは、他人が見たら、馬鹿げた御伽噺だと笑うだろうか?
その時、視界の端にちらりと白い服が映る。
「あ、お姉ちゃん?」
ひゅん。
「!?」
右腕を何かがかすめた。驚いて見やると、黄色いバンダナを突き刺し、ぶらぶらと揺れている――矢。
「な、何?」
「やはり、腕が鈍ってるようね。頭よりもその黄色いバンダナの方に狙いが行ってしまったわ」
冷たい声がした。佳乃が振り向くと、そこには白衣を着た女性がショートボウガンを構えて立っていた。
「……お姉ちゃんじゃ、無い」
「そうね。人違いでごめんなさい」
「そ、そういう危険なものを人に向けて撃っちゃダメなんだよ」
「そうなの?」
白衣の女性、石原麗子(06)は佳乃に狙いをつけたまま淡々と語る。
「私も、無駄に狩りをするつもりは無かったの。でも、あなたが馬鹿みたいに、
『お姉ちゃん、お姉ちゃん』とうるさいから。黙ってもらうことにしたの。――それじゃあね」
ひっ、と佳乃は息を呑んで身をすくめる。それを見た麗子は、満足げに笑みを浮かべた。
その時。――宙をメイド服が舞った。
「でええええいっ!!」
メイド服の少女――柏木梓(017)は、麗子に向かって跳びかかる。狩りを現場を見つけて、なりふり構わずの突進だった。
だが、麗子は慌てるでなく、すっと梓の方にボウガンを構えなおすと笑う。
「まるで猪ね。空中の標的は狙い易いのよ。……じゃあね、猪さん」
ひゅん、と風を切る音がして、矢が梓の左胸に突き刺さった。苦痛に顔を歪めながら、
梓は、麗子との距離をわずかに開けた所にもんどりうって倒れる。
「楽に死ねるように心臓を狙ってあげたわ。……さて、ごめんなさいね。待った?」
麗子は佳乃の方に向き直ると、再度ボウガンを構える。佳乃はその場にへたり込んで動けない。
逃げようとするが、手はいたずらに地面を掻くだけだった。その様子に麗子は笑う。
と、その表情が凍り付いた。そのまま、ぐらりとバランスを崩す。
「え?」
そのまま視線を落とすと、ニヤリ、と笑みを浮かべている梓と目が合う。梓の足払いが、麗子のバランスを崩したのだ。
麗子は察した。こいつ、防弾チョッキを身につけている!
「く……このおっ!」
「遅いっ!」
梓を殴りつけようと麗子は拳を振り下ろすが、梓はそれを軽々と右手で弾くと、
左の拳を麗子のボディーに沈める。
「……!!」
かは、と麗子が前のめりになったところに、梓は右の拳を躊躇せず麗子の顔面へと放つ。
鈍い音がして、吹っ飛ぶ麗子。それを見送りながら梓はふん、と鼻をならす。
「猪とはなんだ。猪とは」
麗子は地面に倒れたまま、動き出す気配がない。
制限されてはいるが鬼の全力攻撃を食らったのだ。しばらくは気絶しているだろう。
ぽんぽんとメイド服の土埃を払うと、梓は佳乃の方へ向き直り聞いた。
「ふぅ。……えっと、アンタ、大丈夫?」
「……ゆ」
「ゆ?」
「ゆー、うぃん」
「……ありがと」
「なるほど。お姉ちゃんを探してたのか。アタシも、『お姉ちゃん〜』って声が聞こえたから、初音――あ、妹ね。
妹が探してるんじゃないか、って思って。そしたら、アンタたちを見つけたわけ」
「なるほどー」
あんまりわかってない様子で、佳乃は頷いた。
一人は危険だから、と一緒に行くことを提案したところ、佳乃はあっさりと承諾した。その際、
『よし、君はボディーガードメイド1号さんだよぉ』
と、不名誉な愛称をつけられたが、とりあえず無視しておいた。
「ところで……」
「何?」
ぴく、と梓の眉が跳ね上がる。佳乃は口に手を当てて、ぼそりと呟く。
「メイド服にネコミミなんて、狙ってるとしか思えないよぉ」
「アンタがくれたんでしょうがっ!」
佳乃の支給武器、それはネコミミヘアバンドだった。
助けてくれたお礼に、と差し出す佳乃も佳乃だが、つける梓も梓である。
『うう……こんな格好、耕一や千鶴姉には見せられないよ……』
はぁ、とため息を吐いて、梓は空を見上げた。
そして。そんな騒ぎの中で、麗子の姿が忽然と消えていたことに
佳乃は勿論、梓も気付かなかった。