無知。


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「へえ、美咲さんって云うんだ。すごく素敵な名前だなあ」
「あ、あの」
「もう、ほら、そんな顔しない! 僕があなたのナイトになるっていったでしょ」
「あ、あの」
「僕は見かけよりずっと頼りになる男です! だからそんな不安そうな顔をしないで」
……そうじゃなくて。
澤倉美咲は、自分の手を強引に引いて森の中を突き進む高校生に逆らえぬまま、溜息を吐いた。

――藤井くんか七瀬くん、由綺ちゃん、はるかちゃん。そのうちの誰かと行動できたら。
その誰とも違うグループ。
同じグループに由綺ちゃんのマネージャーの篠塚弥生さん(047番)はいたが、
流石に殆ど話した事もない人と行動できる自信は、美咲にはなかった。
支給品は割り箸とまな板。――割り箸。豆でもつまめというの?
黒いまな板。これも支給品? 林檎のマークが描かれている、なかなかお洒落なまな板だ。
まあ、銃が当たったとして、引き金を引ける自信はなかったから、何であれそうは変わらないだろう。
――つまり、自分はこの島で殺されるのだという、そういう事なのだ。
色々やりたい事があった。たくさん、したい事があった。
「なのに」
なんで、こんな戦いに巻き込まれてしまったのだろう。
死にたくない。けれど、殺せない、殺したくない。
だから、美咲は――皆が殺し合って、最後まで誰にも見つからぬまま、生き残れたら、と思った。
そう思って森の中で踞っている時に、今自分の手を引く少年――住井護に見つかったのである。
殺されると思った。終わりなのだと思った。自分の考えは甘かったのだ。
最後まで見つからないでいられる筈がなかった。
藤井くんに逢えないまま――ここで、終わりなのだと。
それが、これである。
住井護は振り向いて、またぐっ! と親指を立てた。
不思議な少年だった。
結局美咲は観念して、この少年に付いていくことにした。
手に持つマシンガンも怖かったし、一人でいることも怖かったから。
それに、知り合いに会えるかどうかも判らなかったから――。

「あの、……住井くん?」
「護でいいよっ、美咲さんっ」
なんて明るい笑顔。若いっていうのは素晴らしいね。
――小母さんみたいだ、と美咲は苦笑する。
「……うん、じゃあ護くん。君は何処へ向かってるの? 誰か捜してるの?」
「ああ、僕の従兄弟の北川って奴を捜してるんだよ」
三人、あるいはあいつも誰か連れてるかも知れないことも考えるとそれに加えて何人か、かな。
住井はそう云った。
「後は――ちょいと作戦を考えて、なんとかするんだ。今はまだ見当も付かないけど、なんとかなる気はする」
そう云ってから、大丈夫、そんな不安そうな顔をしないで、と、そう云った。
自分よりもずっと若い子が、こんな強い行動力を持っている。
それに比べて、自分は高校生の力にも逆らえず、ついて回るばかり。
情けなくなる。
「そう云えば、美咲さんの支給品って、その割り箸だけなん?」
ふと住井が美咲に尋ねてきた。
「あ、うん。割り箸と、まな板」
「何それ。訳わからんね」
住井は苦笑しながら、まあ、一応見せて、と手を出してきた。
ごそごそとバッグから取り出して、その黒いまな板を渡した。
「……これ、まな板、か?」
住井は怪訝な顔をした。――それは、先程までおちゃらけた顔ではない。
ぱかり、とまな板が二つに割れた。
「美咲さん、これ、まな板じゃない」
まな板の中から、ボタン、液晶の画面。
「え?」
「こ、これ――ノートパソコンだ」
「――え?」
「――上手くすれば、もしかしたらっ」
住井は心底嬉しそうな顔をした。
「早く、潤を捜そう! 上手くすれば脱出できるかも知れないっ!」

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