茜色の空
油断した。こんなところで撃たれるとは。
幸い、肩の傷はそれほど致命傷にはなっていないようだった。
口ではあんなことを言いつつ、あの男の人は、自分が甘いということに気付いていないようだった。
氷上を助けたいなら、何も言わず私を撃てばよかったのに。
(少し、疲れました)
水を取り出そうと、鞄の中を探る。
――ナイフ……
最初に人を殺したときを思い出す。
上月、澪。
言葉が喋れないハンデを負いつつも、無邪気な笑顔を絶やさなかった。
こんなに冷たい自分にとって、本当に愛すべき後輩だった。
「澪……」
自分を見つけて、あの子は安心していた。
私に泣きついてきた。
だからこそ、私は――殺した。
生き残るには二つの方法があると思った。
言うまでもなく、参加者の皆殺し。
そしてもう一つ、主催者の裏をかく、脱出。
どう考えても、皆殺しのほうが現実的だ。
仲間を集めて、共通の敵を倒す?
綺麗事だ、裏切られたらどうする?
敵を追い詰めて、ヤケになって何らかの手段で私達を皆殺しにするかも。
いや、その手段を敵は持っていたのだ、さっきの放送で。
絶対に生きて帰る。その為には、確実性の高い方を、選ぶ。
皆殺し――こんな言葉が自分の人生に深くかかわるなんて、思いもしなかった。
あそこで澪を殺さなかったら、その後誰も、私は殺せなかっただろう。
だから、選んだ。
たとえそれが、『人間』として最低な行動であってもだ。
「涙もない……我ながら大したものです」
自分の中の譲れないもののために、人を捨てる。
いいことじゃないか?
氷上の言葉を思い出す。
あなた達は馬鹿だ……馬鹿だって?
誰かはわからないが、彼等は彼等で最後まで懸命に生きたはずだ。
彼はそれがわからなかったのか。
気がついたら撃っていた。
自分の行動が全否定されているようで。
あの人のことを諦めず、雨が降るたびに空き地へ足を向ける。
形は違えど、自分の思いに懸命だという点では同じだ。
その――あの人への思いを否定されたようで。
名前も覚えていない姉妹を思い出す。
姉の為に、自らの死も厭わなかった妹。
本当に姉の為になっているのか。
それは誰にもわからないけど、あの子の中では確かだった。
それはそれでいいと思う。
残された者はつらいけど。
あの子もまた、自分の想いに精一杯だった。
姉。
向かってきたから、刺した。
どうして妹が死ななければいけないのか? と言っていた気がする。
それを言い出したら、人間皆、どうして死ななければいけない?
それにあの人は、自業自得だったと思う。
危険を承知で離れ、その結果が出てしまった。
殺したのは私でも、選んだのは自分だ。
それをわかっていなかったような態度が、嫌いだった。
でも、今にして思う。
(手、繋がせてあげればよかった……)
それは感傷だ。
そんなことはわかっている。
自分の想いに忠実に生きている人がいる。
それがもし自分の道と衝突したら、全力で排除しなければいけない。
私を撃った男は、だからこそ私を撃てると言った。
同じだ、だからこそ、私も戦う。
譲れない、絶対に。
あの人のことを想いながら過ごす、終わりのない日々に帰るために。
ずっとずっと、あの人を待つ為に。
詩子……。
こんな私を見たら、絶対悲しむ。
だから、詩子にだけは会いたくない。
詩子に会ったら、私はどうすればいいのかわからない。
それに――
「祐一……」
彼に会ったら、私はどうすればいいんだろう。
詩子と祐一と私で過ごした一年間。
それは、詩子とあの人とで過ごした時間に似ていた。
祐一が転校しなかったら、私は――
浮かんだ考えを否定する。
「……矛盾だらけですね、私」
頬のあたりに、何か走った。
「……涙?」
そして茜は、あの人を失っていらい始めて。
声を上げて、泣いた。
「とにかく……私は生き残ります。
絶対に、あの雨の空き地へ」
空を見上げる。
自分と同じ名前の色を持つ空に、そう誓った。
風が吹いてきた。
風は、風の向かう場所へ。
私は、私の向かう場所へ。