疑心暗鬼


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 ――夜。手頃な民家の窓ガラスを割って中へ侵入した柏木梓(018)は、がたがたという物音で目を覚ました。
 寝ぼけながらも辺りを見まわすと、隣で見張りをしているはずの霧島佳乃(031) が見当たらない。
「トイレでも行ってるのかな? ……ったく。順番で見張りやろうって言ったのに」
 無断拝借している毛布をかぶりなおしながら、そんなことを考える。
 がたん。ぎぃ……。
「え?」
 がば、と起きあがる。……今の音、玄関のドアを開けた音ではないか?
「あの子、何を考えてるんだか……。夜は危ないから、ここに身を隠そうと言ったのに」
 眠気を追い払い、梓は立ちあがる。急いで玄関に向かうと、果たしてドアは開いていた。
「……」
 どうしようか、と梓はしばし考える。自分で出ていったんだ。追いかける義理もない。無いのだが。
「……ああ、もうっ。あの我侭娘は!」
 梓はメイド服のスカートをひらひらさせながら夜の住宅街を駆けだす。
危険な目に遭いそうな人を放ってはおけない。柏木梓は、そういう女だった。

 佳乃は、すぐに見つかった。街灯がさすだけの暗い道を、とぼとぼとどこかへ向かっているようだった。
「佳乃っ」
 梓は叫ぶ。その声はひんやりとした夜気に吸い込まれていった。その声に反応してか、佳乃は立ち止まる。
「……」
「佳乃っ」
 もう一度、梓は叫ぶと、佳乃の元へ駆け寄る。佳乃は何を見据えるでもない、虚ろな瞳を梓に向けた。
「……」
「全く。こんな勝手なことして。さ、戻るよ。ここで別れたいって言うなら、一言断ってからにしな」
 梓が佳乃の腕を掴んだ瞬間。佳乃の唇が動いた。
「ならばいっそ、わたくしの手で……」
「え?」

 佳乃の両腕が持ちあがり、その指が梓の首に廻される。
「ちょ……あぐっ!?」
 指に力がこめられた。その瞬間、梓の首筋を灼けるようなが激痛が襲った。
「……」
 首の皮膚が熱い。まるで熱した鉄棒を押し当てられているようだった。
梓は振りほどこうともがくが、その細い腕をどうしても振りほどけない。
「く。この……おっ!」
 苦し紛れに膝蹴りを放つ。が、びくともしない。呼吸が出来ない、意識が遠くなる。
「……く」
 きぃん。
 ふいに、手に込められた力が抜けた。梓は渾身の力でその腕を振り払うと、
その場に崩れ落ち、貪欲に空気を吸いこむ。
「げほっ、げほっ……。はあっ……はぁっ……は……」
 呼吸を整えながら、梓は殺気を帯びた目を佳乃に向ける。
と、そこにはある方向をぼんやりと見つめている佳乃があった。
 梓も釣られて視線の先を追う。そこには、小高い丘が見えた。
 そして。すっ、と音も無く佳乃はまた動き出す。その小高い丘を目指して。
「ちょ……ちょっと! う、げほっ」
 呼びとめようとして、梓が咳き込む。首筋を触ってみると、ひりひりと痛む。
その隙に、佳乃の姿は見えなくなった。
 梓はその場に座りこむ。そして、再認識する。これは『殺し合い』なのだ。
「……相手の正体を知りもしないで、ホイホイ招き入れたアタシが馬鹿だってことか」
 勿論、佳乃にも何か理由があってあのようなことをしたのかも知れない。
だが、実際襲われた身にしてみれば、そうとは完全に信じれなくなってしまう。
「はは……はははは」
 梓はおかしくなって、笑った。そうだ、これは殺し合いなんだ。相手を信用すれば――
裏をかかれて殺される。
「……こんなものぉっ!」
 梓は頭につけていたネコミミを地面に叩きつけようとして……できなかった。
佳乃の贈り物。それを壊したら、自分はもう誰も信じれなくなりそうで。
「……疲れた。寝よ。後の事は起きてから考える」
 梓は少し泣くと、力無く民家へと戻っていった。

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