僕ともずくとヤンキーと


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「佳い夜だ」

 北川潤(男子029番)は森の中の一本の木に体を預けてじっと空の月を眺めていた。今夜は満月であり、月明かりはこんもりと茂る森の中にもわけへだてなく差し込んでくる。冴え冴えとした月光を浴びながら、北川は久々に野外で過ごす夜の雰囲気と気分に浸っていた。

「こんな夜はやっぱり熱燗だな。ホッケの干物なんかいいなぁ。アレできゅ〜っと」
「ジュン。ほら、モズクだヨ」
 北川の傍らに座っていた宮内レミィ(女子094番)が彼にもずくのチューブを差し出した。
「ああ、そうだった。魚もいいけど鳥も悪くないよな」
 彼女も初めて出会ったときの錯乱状態はすっかり影を潜め、今では普通のレミィに戻っている。
「おいしいヨ〜、サンバイズがよくきいてますヨ〜」
「こう、鳥皮を串に刺して炙ったヤツに塩をふったら」
「早く食べないとワタシが全部たべちゃうヨォ」
「軽く最後に七味唐辛子をまぶして…」
「なくなっちゃうよォ〜、いいんデスカ〜?」
「かぁ〜、たまらんねぇ!」
「ジュン!」
 さすがに腹に据えかねたらしく、レミィが語気を強めて北川ににじり寄った。
「”腹が減っては戦はできぬ”っていうでショ? なんでもいいからお腹に入れておかなきゃだめだヨ」
「はいはいはいはい」
 レミィの言うことはいちいちもっともな事だったが、ぞるぞるともずくを啜る彼女を見てるだけで己の食欲がどんどん減退していくのも確かなことだった。

「うむ」

 それにしても、本当によく食う。

「うむ」

 美少女ともずく。もずくを食う美少女。もずくで飢えを満たす婦女子。もずくに生きるホルスタイン。女子高生 in もずく。もずくとヤンキーの大冒険。もずくレヴォリューション。

「ふむ」

 北川は独りうんうんと何度も頷いた。『世界で一番もずくを美味そうに食べるちょっと小粋なアメリカ人』としてスリランカあたりで売り出せるのではないだろうか。

「もずくとヤンキーでウッハウハ…」

 ウッハウハ、悪くない。

「ジュン、どうしたの?」
 じっと考え込んだまま固まってる北川をみかねたのか、レミィがぐいっと、心配そうに彼の顔をのぞき込んだ。

「いや、なんでもない。なんでもないもずく」
 再び北川はうんうんとうなづく。
「モズク? モズクがどーかしたんですカ? ねぇ、ジュン。モズクがどーしたノ? モズク食べたくなったの? 教えて欲しいデス」
「あ、いや、うん、なんでもないんだって。何でもないから。まぁ、なんだ、もずくはいいんだ、もずくは」
 あわてた北川はしどろもどろになって取り繕う。本当は「あ、君明日からもずくとスリランカ行き」と言ってもよかったが、妙齢の女性にいきなりもずくを織り交えたフランクな会話を吹きかける事ができるほど北川は無神経でもなかった。
 と、不謹慎な事を考えながらもレミィの天真爛漫さに触れるにつけ、北川の心に落ち着きや安らぎにも似たものが舞い戻ってくるのも確かだった。

 ただ、この殺しの場に置いて「やれんのか」と問われたとき、真顔で「やれますよ」と答えられる覚悟も欲しかった。ここはキャンプ場ではない。殺戮の場、殺しや騙し合いが認められたキリングフィールドであった。はっきり言って殺さなければ自分が死ぬ。死なない為には、殺す。
 彼は自分の背中を押してくれる何かを求めていた。ありていに言えば、それは自分の心もだませる殺人許可証。例えば目の前を駆け抜ける兎がいれば、ためらいもなく引き裂ける獣の爪と心とかが。

「寝るか」
 そういってごろっと横になった。土や砂が体にまとわりついたが彼は気にしなかった。ただ今は少しだけでいいから眠りたい、考えることは彼にとって非常に疲れることなのだ。

 特にこういう事は。

「ウン、いいヨ。ジュンが寝てるときはワタシが見張りしてるネ!」

 ──グッナイ。微笑みながらレミィが言う。

 ゆっくりと沈みゆく微睡みの中で、北川はレミィに薄ぼんやりとマリアの姿を見た気がした。

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