星霜
少年は二人分の荷物を背負って歩いていた。
一つは自分の。
一つはもういない人の。
まだ開始からそんなに大した時間も経っていないが、
なんだかどっと疲れた気がする。
「苦労性なのかな……」
自分に向けられた軽口に、少し疲れたような笑顔。
見るものが見れば、
それが何を示しているか分かったのかもしれない。
森を通るのは避けていた。
折角海岸まで出たのに、わざわざまた森に入る気がしなかった。
それにもう夜だというのに、見通しの悪い森の中を歩いて
誰かに狙撃されるというのはごめんだった。
死ねない、死ぬわけには行かない。
予感のような”死なない”ということではなく
意志をもった、生きようとする思い。
たった一瞬だった出会いが、
ずいぶんと自分を変えたものだった。
海面を撫でるように吹く風は、
なぜだかやさしく自分を包んでいてくれるような気がした。
「……ふぅ」
少し疲れたかな?
少年は座って休むことにした。
思えば、日中は歩き通しだったから。
ここは……どの辺かな。
学校を海岸線に沿って北上していったんだから、
スタート地点2の辺りかな……。
ふぅ……。
やっと一息ついたって感じだ。
こんなに疲れていたのかな、僕は。
星が天井で瞬いているのが見えた。
こんな状況だっていうのに、
あせることなく、輝きを保っている。
…………なんだろう……、
少し……眠い……や…………。
記憶、
少年の記憶。
そこには二人の人間がいる。
一人は無論少年。
そしてもう一人は……、
「確かに”これ”を使えば、ほとんどの銃火器を無効化することができる。
歩兵を主軸にした高槻の布陣なら、
単体でも突き崩せないことは無いかもしれない。
だが……」
白衣を着た男――巳間良祐――は苦虫をつぶすような口調で言った。
「お前も入れられてしまっているだろう?
端から僕たちに選択肢は無いのさ」
少年はあっさりと言った。
もちろんいつもどおりに笑って。
「爆薬系……、手榴弾から単純な炸薬、それからバズーカなどの
ボムを発射する物についてはまずい。
それ以外なら……たとえレーザーが来ても”大丈夫”だ」
良祐は”それ”を軽く撫でながら言った。
「逆にいえばそれらがアウトだ。
爆風を根こそぎシャットアウトできるほどの”面積”は
確保できない」
「十分強力さ。それにそういうときのために、お前のそれがあるんだろう?」
少年はくいっと首で示した。
良祐の持っている”鍵”であった。
「……これは最後の手段だ。
これを使えば、たくさんの人間が死ぬ。
もしかしたら俺も、……君も」
よどみない話し方の割に緊張した面持ち。
いや、もしかしたらその声はわずかに震えていたのかもしれない。
「そのくらいの前提で無いと逆に困るよ。
いかさまをするのに躊躇してどうなる?
絶対勝てる賭けで大きく張らないでいつ張るのさ。
どうせ張るなら大きな罠を、ね」
少年は軽くウィンクした。
だが、良祐の顔は晴れない。
「そんな顔するなよ?
もしかしたら、死人を最小限に抑えることができるかもしれない。
それは、必ずしも僕たちの目的ではないけれど、
そうできたらいいだろう?」
少年は良祐を促す。
「……ああ、そうだな」
憂いばかりだった良祐の表情に、ほんの少し笑いが浮かんだ。
少年も、それに合わせたかのように、また改めて微笑んだ
少し埃にまみれた、小さな沢山の部屋の、その一室での出来事。
「……ん」
目が覚める。
少しだけ眠ったようだ。
まだ辺りは暗い……。
目をそっとこする。
夢を見ていた。
僕と、そして巳間良祐の。
あいつもおそらく動いていることだろう。
僕と同じ、唯一つの目的のために。
さて行こう。
こうしてる間にも、また一人と人が死んでいるのかもしれないのだから。