「くっ……!」
「気付いたようだな、少年」
痛みによって目が覚めた。
目の前には先程の医者。もう一人の少女はいない。
続いて自分の体を見る。
「これは……あんたがやったのか?」
「怪我人を手当てするのは医者の務めだ。どんな者でもな」
「頭悪いんじゃねぇのか? 俺がもう一度あんたらを襲ったらどうする?」
「ぬかりはない。君の武器はマナ君が捨てに行っている」
「……」
「どうだ?」
「……ちっ」
言い捨て、目を逸らした。
「君は何故人を殺す?」
「決まってるじゃねーか、生きて帰りたいからだよ」
めんどくさそうに答える。
「後に楽できるんなら、苦労はとっととやっておくもんだぜ。
めんどくせーけどな」
「そうか。ならばこのまま野放しにしておくわけにはいかないな」
聖はそう言って、またどこからかメスを取り出した。
「殺すのか?」
「馬鹿を言うな。医者が人を殺しちゃいかん。
このメスにはちょっとした薬が塗ってある。
速効性だから、すぐ眠くなるはずだ。
マナ君が戻ってきたら、眠ってもらう。
そうした後に、そこらの木にくくりつけさせてもらうよ。
その間に、トンズラだ」
その言葉に浩之は苦笑した。
「おいおい、結局は見殺しじゃねぇか。
だったらとっとと殺せよ、めんどくせぇ」
「私は医者だ。人は殺せない。
しかし出来ることにも限りがあるのでな。
君が改心するつもりがないなら……仕方がない。
精神科は私の範疇ではないのでな」
その声には、今までのような張りはなかった。
見殺しという事実に苦悩しているのだろう。
「けっ……かったりぃこと言ってやがる」
「性分だ。仕方あるまい」
もう浩之は喋らなかった。
この医者が自分を殺すつもりがないのはわかった。
ならば後は待てばいい。罠にかかる瞬間を。
これは賭けでもあるが、実際のところ負けてもよかった。
――かったるいから――
「何か隠しているな?」
「さぁな?」
「患者の嘘を見抜くのは得意だ、何を隠している」
メスを持ち浩之に責めよる。
次の瞬間。
「きゃぁぁっ!」
森に、マナの悲鳴がこだました。
「マナ君!?」
その一瞬だけ、注意が逸れる。
「だから甘いんだよ!」
隙を狙い、浩之は声のした方へ駆け出した。
「くっ、しまった!」
急いで後を追う。
だが夜の森の中だ、走り辛いことこの上ない。
運動神経のよい浩之に、差は離されていくばかりだ。
(あの少年……何故あんなに早く走れる?
迂闊だった……マナ君が戻ってくるまで眠らせておくべきだった!)
自分の迂闊さを呪うも、既に遅かった。
破れかぶれでメスを投げるも、ことごとく当たらない。
(腕も鈍ったものだ……くそっ)
「霧島先生!」
辿り着いた先に見た光景は、倒れているマナに向かい、ナイフを突き付けている浩之の姿だった。
マナの足には矢が数本刺さっている。早く手当てしないと、傷口が化膿して大変なことになるのは明白だった。
「わかってるよな、動くなよ。
動いたら、即、こいつを殺す。」
「先生……」
マナは怯える視線を送るだけだ。
『助けて!』と、自分の身だけを考える発言はできなかった。
『私のことは構わないで!』と、自分の命を投げ出すこともできなかった。
ただ怯え、震えるだけ。
「陳腐な脅し文句だな……何をした、少年?」
その声は震えている。
「教える必要もないが、いいか。
ちょっとした罠だよ。糸を張っておき、引っ掛かったら矢が発射される。
これを4つだけ森に仕掛けておいた。
運がよかったよ、用心するに越したことはない。で――」
落ちていた銃に手を延ばす。
「まだどっかに捨てられてなかったみたいだ。
こいつも、運がよかったよ」
銃を構え、聖に向ける。
「……私の命はやる。だが、マナ君は見逃せ」
「先生――」
「あんたの言葉も陳腐だよ。じゃあな――」
そう言ったときだった。
「このっ」
マナが浩之の腕に噛み付いた。
「っ!?」
怯え切ったマナに、こんなことをする度胸はないと踏んでいたが、どうやらこちらも甘かったみたいだ。
「マナ君、逃げろっ」
言いながら、浩之が隙を見せた瞬間、聖はメスを持って間をつめる。
が、遅かった。
ダンッ、ダンッ!
二発。聖の体に叩き込む。
崩れ落ちる聖の体。
次にマナへと銃を向け。
足に痛みが走る。
――しくじった、さっきのメスだ――
「……速効性は伊達じゃない……」
聖の声が遠くに聞こえる。
その時にはもう、浩之の意識は闇に落ちるところだった。
「先生! 先生!」
「……ははっ、油断したよ……」
聖に駆け寄るマナ。聖の体は既に、冷たくなりつつあった。
「私が……私が……」
「気に、するな……生きていてくれれば、それでいい。
そんなことより、早く逃げろ。私は、もう、ダメだから」
「そんなっ!」
「私は医者だぞ? 医者の言うことは聞け……」
「先生……」
マナの目には涙が浮かんでいる。
「いいから早く……その足じゃ満足に動けないだろうが、私にはもう、治療できない。
こいつが目覚ます前に早く……」
「どうして! 殺せばいいじゃないですか!!」
マナの声が響く。
「……私は医者なんだ。君も医者の助手だ……。
やはり甘いな、私は……」
「……せんせぇ……」
「早く……行くんだ……
元気でな……」
僅かの沈黙の後、涙を拭い、言う。
「はい、先生。ありがとうございます……
さよなら……」
静かだ……。
もう、死ぬな……。
佳乃……。
すまないな、こんなお姉ちゃんで……。
032霧島聖 死亡
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