目覚め
「どこなんだよ…ここは…」
前方に広がるのは果てしない闇。
いや、前だけではなかった。
右も、左も、後ろも、足元や頭上を見てもそこは闇しか広がってなかった。
前に…いや、前に進んでいるのかどうかもわからなかったけど、俺は歩いた。
どれくらい歩いただろう、ふと周りを見渡してみると、そこはこみパ会場だった。
(そうか……早くスペースにもどらないと…)
サークルの位置は覚えていた。間違うはずが無かった。そこにいるのは目印となる赤い髪の売り子。
「悪い、遅れた」
俺は後ろを向いて作業している瑞希に向かって声をかける。
「もー、遅い! 何やってたのよ」
こちらには向き直らずに瑞希は返事をする。
「いや、ちょっと寝坊してさ。まあまにあったからいいだろ、手伝うよ」
そう言って俺は瑞希の肩に手を置いた。
だが瑞希は何の反応もしない。
「おい、瑞希、怒ってるのか?」
動きを止めた瑞希に問い掛ける。
何の反応も無い。
「おい、瑞希ったら!」
俺は瑞希の肩を揺さぶった。
瑞希は抵抗することもせず、ただ力の流れに身を任せ、前に倒れた。
「瑞希……?」
俺は瑞希の顔を覗き込む、その目には生気が無かった。
「おい! 瑞希! 瑞希!」
やばい…はやく医者に見せないと…。
「どうしたのだまいぶらざー」
「大志か、いいところに来た、医者を呼んでくれ!」
俺は大志のほうに向きなおる。
「無駄だ、もう死んでいる。我輩が殺したのだよ」
そこには大志の姿は無く、ただ声だけが響いていた。
「おい、どう言うことだ、何で殺したんだよ、大志!」
目が覚めたとき、俺は一人だった。
何かとても嫌な夢を見ていたようだ。気分が悪い。
ほんの少し痛みが残る腹を気にしつつも、時計で現在時刻を確認する。
(かなり眠ってたな……)
俺が眠っていた時間。それは殺し合いの最中においてどれくらいの意味を持つのだろうか?
多分、俺が寝ている間にたくさんの人が死んだのだろう、俺がその中に加わっていないことはものすごく運の良いことだと感じる。
俺はよろよろと体を起こすと、バッグを拾い歩き始めた。
とりあえず顔を洗いたい。
少し歩くとすぐ川についた。
顔を洗った俺は、近くに奇妙なものが落ちているのを見つけた。
支給品のバッグだ。
誰かが川に落としたのだろうか?
「パンダ……待って…」
俺がバッグを拾い上げたとき、近くから声が聞こえた。
近くの茂みの中にいたのは、
「詠美!」
大庭詠美(011)だった。
「ん……」
大庭詠美が目を覚ましたとき、目の前にあるのは屋根だった。
(あれ……私……橋から落とされて…どうなったんだっけ……)
「気づいたか、よかった…」
横で和樹が安堵の息をついた。
詠美は和樹の姿を確認したとたん、和樹に抱きつき、大声で泣き始めた。
「うわぁぁぁぁぁん、和樹、和樹ぃっ!」
いつもの気丈な態度はそこに無く、ただ自分の胸に顔をうずめて泣く詠美を見て和樹は、よほどつらい思いをしたんだな。と思った。
数分後、ようやく泣き止んだ詠美は、自分に起こった出来事を和樹に話していた。
スタートしてすぐ、白衣を着た女に襲われたこと、それを由宇が助けてくれたこと、二人がつり橋で襲われたこと、そして由宇が詠美をつり橋から落としたこと。
(そうか、由宇は詠美を守ったんだな)
そう考えたとき、涙が出てきた。
自らの身を呈し、詠美を助けようとした由宇。
それに比べ自分は、たいそうな理想を掲げたくせに何も出来なかった。それどころかすべてを投げ捨てようとしていた。
それが悔しかった。
(俺は…無力なのか…? 誰も助けられないのか…?)
そう考えたとき、和樹は聞かなければならないことがあるのを思い出した。
「詠美、放送は無かったか?」
「あったよ、パンダがメモってた」
詠美はそう言うと自分のバッグの中から紙を取り出し和樹に渡した。
そこにはこう書かれていた。
『胃の中に爆弾』
「どう言う意味だ?」
「たしか放送でそう言ってた。胃の中に爆弾があって、何時間かの間に誰も死ななければ爆発するって」
和樹は内心舌打ちした、言われてみればその通りだ、相手を殺さなくても生きていけるのなら当然大多数の人間が手を組むだろう。最初は小さなグループだろうが、それが大きくなればなるほど管理者側には不利になる。
手を組ませない方法、それは強制だ。
だれも死なないと自分が死にます。だからどんどん他人を殺して寿命を延ばしましょう。十分考えられる事態だった。
だが眠っていた自分は死んでいない、ならば誰かが死んだのだ。
そんな反吐が出そうな思いで和樹は続きを見る。死者の名前だった。その中に見なれた名前があることに気づく。
『034九品仏大志 056立川郁美』
「大志……郁美ちゃん……
さまざまな思いが和樹の胸を過ぎる。
悪友だった男、最後の最後であいつは裏切った。でも今思うとあいつにも何か理由があったのかもしれない。だけど瑞希を殺したことを許せるかというとそうじゃない。そこには複雑な思いがあった。
立川さん、いや郁美ちゃん。彼女は昔から俺を支えてくれた。苦しいときや辛いとき、彼女からの手紙やメールに励まされたことは何度もあった。
心臓病の体を押して俺に会いに来てくれたこともあった。そんな彼女を見たとき、俺は強い人だと感じた。どんなに苦しくても目的を持ち、希望を捨てない人。
それは俺の思い過ごしかもしれない。でも俺は彼女にそういうものを感じていた。
何かを決意した顔だ。
顔を上げた和樹を見たとき、詠美はそう感じた。
「もう迷わない」
その台詞を聞いたとき、詠美は由宇の言葉を思い出した。
『あいつはああ見えて肝の座った男や。ウチが認めた男や。きっと何とかしてくれるはずや』
その通りだと思った。
パンダ、あんたの見る目は正しかったわよ。
「さあ、行くぞ。きっと仲間はいるはずだ」
和樹はすでに歩き始めていた。
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
詠美はバッグをつかむと、和樹に追いつくために走り始めた。