邂逅
夜の中を祐一は歩いていた。
先程真琴に出くわしたがよほど錯乱してたらしく、祐一に攻撃をしかけ、逃げていった。
(真琴の奴……大丈夫か……?)
あの状態では下手に後を追うと逆効果だと思われたため、こうして一人、歩いている。
(疲れたな。どこか寝る所があればいいが……)
祐一もまた、単独行動の問題点に悩まされていた。
(単独行動してる奴は皆、同じ事を思ってるんだろうな)
その場に立ち止まり、夜空を見上げる。
どこまでも広い空には、幾千もの星がきらめいていた。
その輝きの一つ一つが美しく、夜空全体でもまた、見ている者を引き込むような勢いがあった。
(あの星達から見たら、俺達はどう写っているんだろうな。
生き残る為に、人を殺して、そんな俺達を……)
そこまで考えて「馬鹿馬鹿しい」と首を振った。
とりあえず、祐一のなすべきことは決まっていた。
それまでには絶対に死ねない、そう、誓っていた。
(茜……どこにいるんだよ……
生きていてくれ……)
放送で聞いた、美坂姉妹の顔が浮かぶ。
あそこで一緒にいてやれたなら何度目にもなる思いがよぎる。
目的の為とはいえ、間接的にも人を殺したという事実は、彼を縛り、苦しめていた。
だからせめて、
(茜だけは、死なせない……)
彼は知る由もなかった。
その美坂姉妹を殺したのが、他ならぬ茜だという事実を。
一つの建物を通り過ぎようとした瞬間。
――………――
(なんだ……?)
建物の中から、誰かに呼ばれたような気がした。
いや、それは正確ではない。
『建物』が、彼を呼んだ気がした。
不思議な感覚に捕われつつ、気がつけば祐一は、建物の中へと入っていった。
(暗い。光が届かない……
少し目が慣れるまで、動かないほうがいいかもな)
何も見えない闇の中、しばらく祐一は立ち止まっていた。
やがて目が暗闇に慣れてくる。改めて見回してみると、まずエスカレーターが目に入った。
(ここは、百貨店か何かか?
こんな孤島に……?)
それでも、そこは確かに百貨店だった。
何が自分を呼んだのかはわからぬまま、一階を見て回ることもせず、エスカレーターを登っていった。
夜の建物に入るのは、何も始めてじゃない。
(学校の校舎で、魔物と遭遇したこともあるんだからな……)
だがこの建物の空気は、夜の校舎のそれとは全く質が違った。
神秘性など欠片も存在しない。
そこにあるのは、闇と、不快なだけの非日常の空気。
魔物の現れる予兆に似ていた。
(違うな、夜の建物なんてこんなものだ。
あの校舎には舞がいたから、こんな不快感はなかったんだ)
背中に汗が滲む。
右手に持ったエアーウォーターガンにも自然に力がこもる。
引き返そうと思わないこともなかったが、それを許さない何かがあった。
二階も通り過ぎ、三階へ。
何かは、確実に近付いている。
そう感じた。
『三階 婦人服売り場』
それは、今にして思えば予感だったのかもしれない。
建物が祐一を呼んだのではなかった。それも違った。
祐一がこの建物に強い何かを感じたのも、必然であったのだ。
(空気が違う?)
三階についた途端、今までの重苦しい空気が一気に消え去った。
あるのは、ただ、懐かしい感覚。
(俺はこんな場所は知らない……
なのに、なんだ? この感覚は)
ここには何かがある。それだけははっきりとわかった。
エアーウォーターガンのトリガーには指をかけたまま、周りを見ながら、一歩一歩、確実に。
ずっと、会いたかった。
一日たりとも、忘れたことはなかった。
初恋だった。
今も、忘れられなかった。
ずっと探していた。
「………あかね?」
床で静かに寝息をたてる少女を見つけ、呆然と呟く。
それは、予感だったのだ。
「……誰っ!?」
突然の気配と声に茜は飛び起き、近くに置いておいた銃を構える。
そして、気付いた。
声は、昔に、聞いたことがある。
目が慣れない、姿がわからない。
だけどこの声は……。
「忘れたのか。元同じクラスの、相沢だ」
「…祐一…」
「覚えていてくれたか、久しぶり」
嬉しかった。
相手がまだ、自分のことを覚えてくれていたことが、嬉しかった。
「…本当に、祐一もこのゲームに参加してたんですね」
「あぁ、嫌な偶然だな」
「…詩子も、どこかにいるはずです」
「本当、嫌な偶然だ」
詩子。懐かしい名前だった。
茜の親友で、祐一とも仲良くなって、三人でよく話していた。
憎まれ口も多かったが……詩子までこのゲームに参加していたと聞き、祐一は自分の運命を呪った。
「話したいこと、いっぱいあるんだぜ」
「…私もです。だけど…」
言って、静かに銃を、祐一の方に向けた。
「…私の前から、消えて下さい」
祐一は、何を言われているのかわからなかった。
「茜?」
茜は、こんなことをするような子だったのか? と思う。
「…消えてください、早く」
もう一度言った。
「……どうして?」
祐一には、それが精一杯だった。
「…私は、祐一が思っているような人間じゃありません。もう違います」
静かに……それでも悲痛に言った。
普通の人には、ただ淡々と喋っているように聞こえるだろう。
だが祐一は違った。その裏にある感情をはっきりと読み取っていた。
「……どういう、ことだ?」
訊いてはいけない、だが、訊かずにはいられない。
「…私は人を殺しました。もう四人も。
…ある姉妹を殺して、その人達から、祐一のことを知ったんです」
闇が、深くなった。