殺人者
「苦しい……」
御堂は闇の中で苦しそうにうめく。
酸素が足りない……俺は首でも絞められてるのか?
相手は蝉丸か岩切か…別の誰かか――?
「やめろっ、いきなりこんなっ…!」
御堂は混乱していた。気がついたらいきなりこの状況だ。
「バカな、俺様がこんな…」
油断だったぜ…情けねぇ…
意識が遠のいていく……
そういえば俺は今どこにいたんだ?
不鮮明な記憶をたぐりよせる――。
「げはっ!!」
そこで意識が覚醒する。
「夢か――?」
だが、視界に映るものは何一つ無い。
そして――
「あったけぇぞ、この毛玉!」
頭の上に乗っていた物体を手で払いのける。
「ふぎゃっ!」
猫は一度衝撃に目を覚ますが、再び目を閉じてすやすやと眠りはじめる。
「てめぇのせいかよ…10分位気持ち良く寝かせろよ……」
御堂が猫を睨み付ける。御堂を恐怖に陥れたものに反応は無い。
「くそっ!」
いわゆるひとつのレム睡眠というやつだった。
まだ寝ついてから5分と経っていない。御堂の胸中は穏やかではなかった。
(まあ、戦場でぐっすりってワケにはいかねぇがよ…)
このゲームが始まって何故か――御堂にとって非常に不本意ではあったが――同行者が猫に続いて、
子供が加わっていた。
「孤独を愛する俺様がまさかパーティーを組むなんてよ…」
しかもただのお荷物だ。
横でそのお荷物の少女がぐっすりと寝ていた。
頬には未だ涙の筋が残っている。
緊張の糸が切れたのだろう。御堂の服の裾をつかんだままだが、
どこか安心した表情。
「けっ!」
誰にでもなく悪態をつく。
……………ガサッ………
「……!!」
御堂の目に戦闘マシーンとしての殺気が宿る。
かすかに…だがはっきりと聞こえたかすかな音を御堂は見逃さなかった。
意外に近い位置。
(距離は……およそ30メートルほどか……?)
まっすぐこちらへと向かっている。遭遇は必死だろう。
強化兵としての感覚が薄れた今、それに頼り切っていた自分に腹を立てる。
(ここまで接近を許すとはな…)
獲物…デザートイーグルを片手に、立ちあがる。
その拍子、ふと引っ張られる感触。
あゆの指が服の裾を掴んだままだった。
(……起きるなよ、ただの足手まといなんだからよ…)
起こさないようにあゆの指をほどくと、気配を殺して目標に近づく――
(こっちから出向いてやるよ。)
深山雪見は、少し疲れた足取りで歩を進めていた。
目標――親友の敵――をとるために。
あたりに注意しながら歩く……気配はない。
(女か……血の気配がするぜ……殺戮者だな…)
御堂がそっと女の前方へと回りこむ。
御堂にとって人の命を手にかけた者=殺人者である。
そこにどんな理由があろうとも関係ない。
御堂は敵を撃つ、それだけだった。
(しかも素人だ、歩き方がなっちゃいねぇぜ…)
慎重に気配を殺して歩いているつもりだろうが、御堂にはその行動が筒抜けだった。
銃の射程圏内へと迅速に移動する。
「嬢ちゃん、夜道の一人歩きは危険だぜぇ。」
「……(誰)!!?」
突如聞こえた声に雪見の足が止まる。
刹那、赤い光!
ズギューン!!
音が聞こえたと思ったときはもう雪見の身体は後方に弾け飛んでいた。
(手応えありだな……)
胸の中心にヒットする。致命傷だ。
雪見の身体は後方に倒れ、そのままピクリとも…
「……あああっ!」
雪見の叫びと共にライフルが火を吹く!
「…なんだと!?」
御堂は木の陰に身を潜め銃弾をやり過ごす――。
(ヒットはした……死なねぇってこたぁ防弾チョッキの類か!)
雪見の気配がすっと後方へ遠ざかる。
(賢い判断だ…素人にしてはな……だが…)
雪見は死に物狂いで走った。御堂の銃の射程距離を外れる。
(逃がすかっ!)
御堂が物陰から物陰へ、闇と化して疾走した。
二つの影の疾走劇は続く――。
だが、傍目には女が一人道無き道を駆け抜けているようにしか見えなかっただろう。
(死ね!)
御堂の銃が再び火を吹く!
それは障害物の木に当たって消える。
(ちっ!この位置からじゃ弾道がねぇぜ。)
だがそれは相手も同じこと。
絶えず移動しつつも膠着状態が続いた。
やがて御堂は最初に交戦した場所へと戻ってきていた。
最初に雪見が倒れた辺りを調べる。
――血――ほんの微量だが、土に付着したそれを御堂は確かめた。
「防弾チョッキとはいえ、まともに当たったんだ。
肋骨は何本かイってるだろうな…」
あまりすぐれない顔で御堂が呟く。当然だ。
素人相手に(しかも女)逃げられたのだから。
まあ、最終的には御堂が追跡をあきらめた形で幕をとじたのだが。
「まあ、深追いは禁物だからな…」
功をあせりすぎて命を落としてきた戦友達を自分は何人も知ってる。
御堂は再び女と猫の待つねぐらへと戻っていった。
「うぐぅ……」
御堂の顔をみると、あゆがそう口を開く。
「なんだおめぇ、起きてたのか(うぐぅってなんだ)。」
あゆが再び目に涙を湛えて
「うぐっ、おじさんがいつのまにかいない気がして…
起きてみたらやっぱりいなくて…うぐぅ、恐かったんだよ。」
「分かったから泣くなうっとおしい(だからうぐぅって言うな)!」
「うぐっ、えうっ、あうぅ……!!」
御堂の腹に顔をうずめ、声を押し殺す。
「ちっ、うっとおしいから離れてくれ…(いや、マジで)」
あゆは落ち着いたのか、再び横になる。御堂の服の裾をつかんで。
「だから、触るなって……もう寝てやがるこの野郎…!」
頬の涙の筋も乾かないうちに再びあゆは眠りにつく。
「だったら最初から起きるんじゃねぇよ…オロすぞ。」
起きると面倒だ、気付かれないようにあゆの手を服から引き剥がそうとする。
「……おじさん……ムニャムニャ…ウグゥ」
「……」
(寝てすぐに寝言言う奴初めてみたぜ…ホントは起きてんじゃねぇのか?)
御堂はそのままあゆの手の上に自分の手を重ねた。
「けっ、これだからガキのお守りはイヤなんだよ…」
御堂はそれから一睡もできなかった。