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眠り。


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「彰お兄ちゃん、わたし、少し眠くなってきたよ」
わがまま云ってごめん、と、申し訳なさそうに云う初音を振り返る。
――確かに、よく見れば空が少し白くなってきている。
小学生が起きているにはあまりに遅い時間だった。
「そうだね、少し休もうか」
――結構な時間歩いて、漸くにして商店街が見えてきた。
数時間前こちらの方から爆発の音が聞こえてきたが、もうだいぶ時間は経った。
適当な建物を見つけて休むのも良いだろう。
「そうだね、あの、赤い屋根の家で少し休ませて貰おう」
森の中から、商店街の遠くに見える赤い屋根を指差し、彰は云った。
「うん」
幸いなことに、商店街を歩く間、誰にも遭遇することはなかった。
途中、何かの燃えた後を見つけたが、気にしないで行くことにした。
彰は直感していたが、それは人の焼けたもの。
だから、初音には見せたくなかった。
――商店街の端にあった小さな家に入り、二人は漸く息を吐けるに至った。
「うん、ベッドもある。なかなか良い家だね」
云うと、初音は眠そうな顔で頷いた。
「僕が見張りしてる、初音ちゃんは眠ればいいよ」
「彰お兄ちゃん、は?」
「僕は大丈夫。さっき少し寝たし、徹夜するくらい慣れてるよ」
「……でも、大変だよ。わたし、少し寝たら見張り替わるよ」
「気にしなくて良いよ。今の内にたっぷり寝ておかないと」
云うと、少しだけ気まずい顔をして、初音は少し俯いたが、
ありがとう、と云って、ベッドの中に潜り込んだ。

――取り敢えず先の放送では、美咲の名前も、初音ちゃんの姉たちの名前も呼ばれなかった。
それはまあ、幸運といえるだろうか。
横で寝息を立てる可愛らしい少女。必ず姉たちに会わせてやらなければ。
――護るとは誓ったが、こんなフォーク一本じゃ守れるはずがない。
「何かないか捜してみようかしら」
彰は立ち上がって、その小さな家の中を調べることにした。
本棚には割と色々な本があった。だが、大体が薄い文庫ばかりで、武器になりそうなものはない。
――ミステリーは全然無い。残念だ。
だが、一冊のミステリーを見つけると、彰は顔をしかめてそれを手に取った
「……清涼院流水」
彰が、生涯、絶対に手を出さないでおこうと思った作者の本であった。
異常に分厚いその本は、人を撲殺できるほどの重さだ。
「良いじゃん、使えるじゃん」
彰は喜んでそれを鞄に仕舞った。
――本を武器にするなんて、ミステリーを冒涜しているような気もするが、まあ清涼院だし、良いか。
と彰は自分に言い聞かせた。
台所にも何か無いかと思って捜すが、包丁やなんやの類はない。不自然なほどにそれらは抜き取られていた。
「収穫はこの本一冊か」と、彰は残念そうに呟いた。
寝室に戻り、初音の寝顔を眺める。
真っ白な、綺麗な頬を触りながら、本当に天使のようだ、と彰は思った。
疲れ切った顔だが、その彼女を作るすべての要素が、あまりにも愛らしい。
その柔らかな頬を無意識のうちに撫でていると、
「彰、お兄ちゃん?」という、初音の掠れ声が聞こえた。
「……ごめん。起こしちゃったね」
……何で僕は小学生の顔見て顔を赤くしているんだよ、マジで。頬撫でたり。……いや、僕には美咲さんが。
「……やっぱり、彰お兄ちゃんも眠そうだよ。大丈夫、多分誰も来ないよ」
「大丈夫だよ、僕は」
笑いかけると、初音はやはり心配そうな顔でこちらを見る。
「ほら、ベッド大きいよ。毛布も半分ずつ使って寝よう」
少し恥ずかしそうな顔で、初音は云った。
……え? 何、ねえ、それって何? 僕は、え、あれ? あれ? え?
「え?」
「一緒に寝よう、彰お兄ちゃん。でも、変なことはしないでね」
柔らかく微笑みながら初音は云った。

……おかしい。
何で僕は女の子と、しかも可愛いからとはいえ、小学生と同じベッドで眠っているんだ。
初音はまたすぐに寝息を立てて眠り始めた。愛らしい寝息が、耳の裏にまで届く。
おかしいよ、おかしいですよ、何で?
彰は心底混乱していた。マジ? 何で? 何で?
ちらりと横を見る。背中を向けて初音は眠っている。だが、その距離からでも甘い匂いがする。
……待ってよ、本気で可愛いよ、どうしよう、どうしよう、どうしよう?
ねえ、冬弥……美咲先輩……僕、なんだかおかしいよおかしいよおかしいよ。
「うう、ん」
初音が小さく寝返りを打って、彰の側を向いた。
……なんて、可愛らしい寝顔。寝息が頬にかかってくる。
マジ? 僕、真性なの? む、胸がどきどきする!
ち、違う! これはただ、女の子と一緒なベッドで眠るなんて初めてだから、そうだ、そうに決まってる。
すぅすぅ。すぅすぅ。
……眠れん、眠れませんって、た、頼むよ……
そ、そういえば、最初は「七瀬のお兄ちゃん」だったのに、気付くと「彰お兄ちゃん」になっている!
い、いや、それは、初音ちゃんが僕に親しみを抱いてくれたからだ、他に意味はない筈だ!
だが、思い返して見ろよ七瀬彰。初音ちゃんが自分を見る目を思い返せ!
ほのかに赤らんだ顔じゃなかったか? は、初音ちゃんは自分を好いてくれてんのか?
そ、そうさ、好いていない人と一緒なベッドにはいるなんて、女の子は嫌だ、嫌の筈だ、
つまり初音ちゃんは僕のことがちょっと好きなわけで、僕も初音ちゃんが好きで、
違う、僕は初音ちゃんの事を護ってあげなくちゃ、って思ってるだけで、
ああ、もう、訳わからん! つまり僕は初音ちゃんを抱きしめても良いのか?
この柔らかそうな唇にキスしても良いのか?
ああ、そんな事していいわけないだろ、ああ、もう、訳わかんねえよ!

結局、彰は一睡も出来なかったのだが、二時間後目覚めた時、
「お早う、彰お兄ちゃん!」と云う爽やかな声に、
「お早う、初音ちゃん」と、微塵もそんな様子も見せず笑いかけたのは、ある意味、称賛に値した。

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