面影
――どうして助かったんだろう……
雪見が苦しそうに呻く。
銃弾がヒットした所が熱い。
さらには身体中に高熱を帯び始めていた。
「骨でも折れたのかな…?」
医術的知識はなかったが、漠然とそんな気がした。
「でも、ヘコんでなんていられないわ……」
夢遊病者のように、だけど目だけはしっかりと前を見据えて歩く。
みさきや澪ちゃんはもういない。
でも、私はまだ生きている。
運がいいといってしまえばそれまでなのだろう。
だけど…
「見ててね…みさき、絶対に拾ったこの命、無駄にしないからね。」
『雪ちゃん…』
傍らでみさきがそう言った気がした。熱のせいかもしれないが。
そこへゆっくり微笑みかける。
もう思い出したくもないみさきの最後の姿。
矢が刺さっていた。これがひとつの手がかり。
ワサワサッ
近くの草が生き物のように蠢いた。
(また誰かいるっ……!!)
緊張が辺りを包みこむ。今度しくじったら…命がない!
バサッ!
ライフルで草を押し分ける。指はトリガーにかかったままだ。
そこから出てきたのは……
身体に無数のダイナマイトがとりつけられた腹巻き(?)を装備した女のコだった。
『えぐえぐ……』
「み……!!」
もう思い出したくも無いみさきの最期の姿。
だけど、澪ちゃんは私は確認していない。
――生きてた……生きてたっ!!
雪見の顔が少しだけ綻ぶ。
だが…
「わ、私を撃ったら爆発するんですよ!このダイナマイト本物なんです!
う、嘘じゃないですよ、だからゆ、許してください〜!」
澪が錯乱したように叫ぶ。
「違…澪ちゃ…」
そこで雪見の表情が再び凍りついた。
澪ちゃんじゃない……
だってあのコは…
「こんなのおかしいですよ!お姉ちゃんも…巻きこまれて…
一体どうなっちゃったんですか!みんな、みんな…」
「お、落ち着いて…」
澪に似ている…ただそれだけだったが、雪見の殺意は今薄れていた。
「私はこんなこと好きじゃないんです。だって、殺し合いなんて!…悲しいですよ…」
誰だってそうだろう。異常な精神の持ち主でなければ。
ややあって、落ち着きを取り戻した少女――名倉由依(066)――は、雪見にそう言った。
警戒されていて、表情はこわばったままだが。
銃口こそ向けられてはいないが、ずっと雪見の手にはライフルが握られていた。
「……」
「それに…私に支給された武器ってコレですよ…死ねって言われてるようなもんですよね。」
ダイナマイト付の衣装…
「私にカタパルト弾にでもなれというんでしょうか…神風特攻隊じゃないんですよ。」
「そうね…」
笑えない。今、雪見は死へと特攻しているのだから。
「それに…私や郁未さんや晴香さん…なんで狙われなきゃならないんでしょうか…」
「……!!」
雪見は思い出す。あの下卑た笑みの下から発せられた放送の言葉を。
付け加えだが、俺を殺せば全て終わると思う奴ら、殺したいやつは何時でも殺せばいいぜ。
ただし、俺を殺せば、この島の遥か沖からここヘミサイルが発射されて島ごと木っ端微塵だがな、
能力を制限している結界装置を壊しても同様だ、そうなって死にたくなければまずこの5人を殺すことだな ハッハッハ。
高らかな笑い声の後、5人の名前と写真がモニターに映し出された。
003天沢郁未 022鹿沼葉子 092巳間晴香 093巳間良祐 066名倉由依
由依も言ってからしまったという感じで雪見を見上げた。
雪見は物言わず由依を見下ろしている。おさまりかけた殺意の衝動が全身にこみ上げた。
(このコを殺せば…結果的に私の…私の目的が果たしやすくなる……!!)
そして、もしかしたらこんな狂気じみたゲームの黒幕をもこの手で……!!
「あ、あの…」
由依が恐る恐る口を開く。
「ごめんね、出会ったばかりで悪いけど……さようなら……」
雪見は由依の足を思いきり踏みつけると、
ライフルを由依の頭に押し付けた。
「え、そ、そんな…っ!」
あまりの恐怖と驚愕で、由依は逃げることも、抵抗することも忘れ、呆けていた。
「さようなら、由依ちゃん……」
引き金を握る指に力が込められた。
由依を見る。悲しい顔。そしてあの娘の面影
――『あのね』
『はじめましてなの』
『今日から入部するの』
『よろしくなの』――
出会ってからの毎日が一瞬走馬灯のように駆け抜けた。
「っ――――――!!」
そして引き金を引いた。
由依の真後ろの草むらから硝煙の匂いが立ち昇る。
「……」
(あれ……?)
生きている。
由依の頭の真横にはライフルの銃身。
あまりの爆音の衝撃に耳からの情報が何も入ってこない。
「もう、二度と私の前に姿を現さないで。」
そう言うと、雪見は由依を置いてその場を立ち去っていった。
どうして殺せなかったんだろう。
分かりきっていること。私にはあの娘は殺せない。
だって……
「本当に好きだったんだよ。」
物言わぬ後輩を、頑張っている姿を。
「……」
由依はその場で放心していた。
最後にあの人が言った言葉は聞こえなかったけど、
その表情がとても悲しく感じられた。