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正義


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 安らかな寝息を立てて眠る霧島佳乃(031)の横で、松原葵(081)は周囲を注意深く伺いながらじっと蹲っていた。
 小高い丘にある神社。そこを離れた葵は、途中で夢遊病のように歩いてくる佳乃を発見したのだ。
 葵がふらふらと歩く佳乃に声をかけると、ぷつんと操り人形の釣り糸が切れたかのように佳乃は倒れこんだ。
 慌てて葵が駆け寄ると、佳乃は深い眠りに入っているのか、ぴくりとも動かない。
とりあえず、この子が起きるまでここにいようと決めた葵は気を張りつつ、佳乃の様子を見守ってた。
「ふぅ。外傷も無いようですし……なんで気絶してるのか不思議です……」
 と、ゆらりと大気の流れが変わった。――誰かが来る。葵は立ちあがると、暗闇に向かって叫んだ。
「誰か、いるんですか? こっちは戦う意志はありません。お願いです、出てきてください」
 しばしの沈黙があって、一人の少女が姿を表した。――太田香奈子(010)だった。
 その姿に警戒を解いた葵は笑顔で話しかける。
「こんばんわ。お一人ですか?」
「うん」
「こっち、来ませんか? こんな状況ですし、助け合いましょう」
 そうね、と香奈子はゆっくりと葵の方へ歩み寄る。――と、横の佳乃の姿を見つけて足を止めた。

「コイツは、何?」
 佳乃の姿に、ぴんと眉を跳ね上げて香奈子は葵に問いただす。
「あ、道で倒れてて、介抱してるんです。でも、なかなか目を覚まさなくて……」
「ふぅん。……じゃ、殺しちゃおう」
「え?」
 まるで挨拶でもするように、香奈子は殺人の協力を葵に求める。
あまりの事に、葵は開いた口が塞がらない。
「だから、殺そうって言ったの。もういい。私一人でやるから」
「ま、待ってくださいっ!」
 慌てて葵は香奈子の腕を掴んで制止する。
「どうして、殺そうだなんて考えるんですか。今はみんなで協力し合って、帰る方法を見つけるべきでしょう?」
「こんな時に呑気に寝てるだけのやつだなんて、足手まといなだけ。邪魔にならないうちに殺しちゃおうよ」
 寝ている佳乃を足蹴にしようとする香奈子を、葵は必死に止める。
「ど、どうしてそんなこと言うんですか!? 誰かが危険なときには助けてあげるのが普通じゃ無いですか。それを、邪魔だなんて……」
「だって」
 ついと香奈子は葵を見つめて言う。
「瑞穂は死んだのよ? 危険なときに、誰にも助けられずに。それなのに、何でコイツは生きてるの? 不公平じゃない」
 淡々と語る香奈子を、葵は鎮痛な面持ちで見つめるだけだった。
「私、死のうと思ってたの。でも、死ねなくて。崖から飛び降りたら死ねるかと思ったけど怖くて出来なかった」
 そこで一旦言葉を区切ると、暗い炎を宿した瞳で、葵をじっ、と見つめる。
「どうしようもなくなって、途方に暮れていの。そうしたら、ある娘がこれからどうすれば良いか教えてくれた。
役立たずを殺して行こう、って。瑞穂が殺されたように。私が殺してあげなさいって」
「……」
「弱肉強食。簡単な自然の摂理よね」
 けらけらと香奈子は笑い出す。
「……わかりました」
 葵は、静かに返す。香奈子は笑いをやめた。
「あなたがあの人を殺そうというのなら」
 ぐ、と両の拳に力を込めると、すっと流れるような仕草で構える。
「この私が、お相手します」

「……ふ。ふふふふふ……」
 突如、香奈子は笑い出す。怪訝な顔をしつつも、葵は構えを崩さない。
「?」
「いいわね。あなた、格闘家? ……格闘家の拳って、人を殺せるのかな?」
「私は未熟ですから、そこまでの威力はありません。でも、当たると痛いと思いますよ」
 やめるなら今のうちだ、と言うニュアンスを込めて言い返すが、それを聞いて香奈子はけらけらと笑うだけだった。
「ふふふ……それじゃ困るわ」
「えっ?」
「殺してって言ってるのよぉ! コイツをおおおおっ!」
 がむしゃらな香奈子の攻撃を、葵はひたすら防御する。
「どうしたの? 相手してくれるんじゃなかった……」
「……ふっ!」
 その瞬間、葵の動きがが静から動へと転じる。剛拳一撃。
ずんという鈍い音がして香奈子はよろよろと身を崩す。
「……もう、やめましょう。私たちは助け合わないといけないんです」
「くっ……」
 香奈子は苦痛に顔を歪めながら、葵の腕を掴もうとする。
それを避けようとした刹那にきらりと何かが光って、葵の腕に鋭い痛みが走った。
「つっ……!?」
「ふふふふ……油断大敵ね、格闘家さん」
「こんな傷、かすっただけです。大した事ありません。残念ですけど、
あなたがどんなに頑張っても、今ぐらいの傷をつけるのが精一杯だと思います。
……だから、やめましょう? こんなの、無意味ですよ」
 葵は必死で香奈子を諭そうとする。が、香奈子はくっくっと笑うだけだ。
「ふふ。良いこと教えてあげる。これ、毒が塗ってあるの。普通の人は30分で死ぬんだって」
 ぶらぶらと鋏を揺らしながら、香奈子は楽しそうに言う。
 それは、香奈子に殺人をほのめかした少女、月島瑠璃子(060)からのプレゼントだった。

「さ、コイツを殺そう? そうすれば解毒剤が貰えるわ。ね?」
 顔を真っ青にした葵に、優しく香奈子は言う。少しずつ、葵の腕は感覚が無くなってくく。
「……お断りします。私は、人殺しはしません。みんなで助け合って、この島を脱出しましょう」
 それでも、葵の意見は変わらなかった。真っ直ぐな瞳を、香奈子に向ける。
「あ、そう。じゃ、そこで死んでて。私はコイツを殺していくから」
「そうは行きません」
 葵はたっ、と瞬時に間合いを詰める。それに反応して、すぐさま身構えて香奈子は鋏を突き刺そうとする。
『葵ちゃんは強いっ!』
 ふと、懐かしい声が聞こえた気がして。緊張でがちがちだった自分を勇気付けてくれた、あの声が聞こえた気がして。
『そうだ。先輩に、綾香さんに、みんなに励まされて私は強くなっているんだ。
やっぱり、助け合わなきゃ……だめですっ!』
 渾身の一撃をカウンターにして香奈子に見舞う。ぐっと足に力を入れて踏ん張った。
 ――葵の必殺技、崩拳。スローモーションのように、香奈子は宙を舞い、そして地面に叩きつけられる。
「……はぁっ」
 荒い息を吐いて、葵は座りこむと、制服のポケットに入れていたハンカチで、傷つけられた腕をぎゅっと縛る。
 これでしばらくは毒が回らないはずだ。ただし、このまま放っておけば腕が壊死する危険もあるが。
 葵はもう一度気力を振り絞って立ちあがると、佳乃の方を見てぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい、ここに置いていく形になってしまって。お願いですから、生き延びてくださいね」
 そのまま倒れた香奈子の元へ寄ると、鋏を奪い取って、気絶した香奈子に喝を入れ目覚めさせる。
 まだぼんやりしている香奈子に、葵は荒い息を吐きながらも凛とした表情で言った。
「あなたに殺人をやろうって言った人のところに案内してください。
――その人は、間違ってます」

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