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走る!少女


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日が戻る。
朝日が昇り、また一日が始まる。
つらく、苦しい、とても長い一日が。
少年はなぜか岸壁の淵にいた。
「誤算……だったかなぁ」
遥か下で音を立てて波打つ海を尻目に、ぼそっとつぶやいた。
海岸線に沿うように移動していたはずだったのだが、
どんどん道が高くなっていってしまったのだ。
2.30メートルは確実にある。落ちたら死ぬことは必至だ。
「……う〜ん」
少し困ったようにうめく。
「よし」
少年はくるっと向き直る。
「もう少し内陸の道に戻ることにしよう」
彼はそういって岸壁の淵を後にした。

夜の時間、自分は無心で歩き続けていたか、と言えば、
いささか嘘が混じっているかもしれない。
いろんなことを考えた。
ゲームのこと、高槻のこと、死んだ女の子のこと、そして彼女を殺した男のこと、
そして自分と同じように高槻を討つために動いている――あるいは、同志と呼べたかもしれない――人たちのこと。
そして……、自分のこと。
「僕が……、人並みの感情を持つなんていうのは、きっとおこがましい事なんだろうな」所詮、自分は楔でしかない。『力』を発現させるための道具だ。そして道具には感情なんて必要ない。ただ、機能すればそれでいいのだ。
最初からそのつもりだった。たとえこのゲームに巻き込まれなかったとしても、
自分がやっていくことは変わらないはずだった。
心の隙間を穿つ……、その行為の咎を誰が受けるというのか?
自分か?
それともFARGO自体か?
……今まで、興味も無かったことだった。

よく、感情の起伏の少ない人間を人間らしくない、といったものだ。
特にFARGOでは、精錬やら修行だとかと騙って、さまざまな女性をそのような状態に
壊していった。あれは今思えばひどいものだった。無理やりにも……、たとえ崩壊し、
ロスト体を生む危険性を冒すことになっても、力を見出そうとする。そもそも、この
『不可視の力』は、人間という器に収まりきるものじゃない。完成した固体に侵入した
いわば『異物』だ。これは人間に人間以上のものを求める。たとえ制御できたとしても、その存在が、水面に浮かぶ枯葉のように危ういものであることに変わりは無い……。
少年は、近くにあった中くらいの岩に目をとめた。
さっと手をかざし、凍るように冷たい視線をそれに向ける。
「……割れろ」
一言、そうつぶやく。だがその岩が割れることは無かった。
彼はそれに接近して表面を撫でてみた。
中心に近い部分に、目新しい小さなひびが見受けられた。
「分かっていたことだけど……、やっぱりダメか」
力の『祖』たる自分がこうなのだから、完全に力を制御しているとはいえ、郁未や葉子も同じ状況にあって当然なのだろう。
高槻にこんな技術があったとは思えないが、現状は完全に近いほど力を封じられている。たとえ『月』がこの場に在ったとしても、この縛鎖を破れるとは思えなかった。
「……とすると、FARGOの技術では無い、ということか」
高槻に程近い位置にいた自分や良祐でも、奴に力を貸しているらしき存在の正体は掴め
なかった。そもそも奴程度の小者に従う羽目になった強制力、それ自体が謎だった。
――こちらに切り札があるのと同様に、奴にもまだ見せていない手札がある、ということか。
この状況において、恐いのは不測の事態、いわゆる未知の恐怖だ。それは敵の予想外の
強さや人数だったり、突然の奇襲だったり、また知り合った人間の裏切りだったりする。焦る……、でも事は慎重に運ばなくてはいけない。失敗は即ち死につながるのだから。

もう一つ思うこと……、それが殺意。
いろいろなそれを見てきた僕にとって、あまりにもそれが不毛なものであることは
分かっていた。憎しみは憎しみを呼ぶ。誰かにぶつければ、それはいずれ自分に
返ってくる。でも、僕はその感情を覚えた……。自分以外の誰かが傷つけられたという
事実……、FARGOでは当たり前だった筈のそれが今は重くのしかかる。
心無い戦いに救いなんて無い。それはかつての僕と同じ、機械が殺しあっているような
ものだから。だけど、もっと大きな目的のためでもなく、原始的な生き残るというため
でも無く、ただ一人のためにただ一人を討とうとすること。それを果たして尊いものと
言えるのだろうか。たとえ、表面的に悲しみを語っていても、結局やることは同じだと
言うのに……。

グァシャッッ!

少年は目の前の岩を正面から殴りつけた。少しのひびしか入っていなかったはずの岩は、その一撃で、中心に大きな穴が穿たれていた。
ずいぶんと人間らしい考えを持つ様になったな、と少年は自嘲した。
――高槻を下衆と罵るなら、自分は人間ですらないというのに。

がささっ。

「あ……」

近くの茂みから声が聞こえた。思わず、少年は拳を岩に打ちつけた状態で固まる。
「はは……あはは……」
ちょうどそこから姿を現したのは女の子だった。なぜか微妙にひきつり笑いを浮かべて
いるが。
「さっ、さよなら!」
ダダダダダダッ!
ダッシュで僕を避けて走り去る彼女……。
ずいぶん足が速いなぁ。
「……僕、何かまずいことした?」
思わずつぶやいてみたりしてしまった。
…………………、
あ、そうか。
素手で岩砕いちゃったら普通は恐がるか。

合点がいったのもつかの間。
「あの方向は……」
少女が走っていった方向に目をやる。それは丁度少年が迂回して戻ってきた岸壁の淵へと向かっていた。
「あの速度で走っていったら……」
まさか落ちるなんてことは無いだろう、と思いつつもそのまさかがありえたら恐いので、少年は彼女を追いかけてみた。

たったったったったったっ……。

「健足だぁ、これはまずいかな……」
思わぬ少女の足の速さに驚く少年。一応背中は捕らえたものの、この分だと崖に行き着くまでに彼女を止められそうに無い。
少年は大声で呼びかけてみた。
「おーーい! そっちはがけだよぉー!」
だが、高速で走っていると人の声など耳に入らないもので……。
「な…、な…、何で追っかけてくるのよぉ〜!?」
彼女は思いっきり狼狽していた。
「折角逃げられたと思ったのにぃ〜、いやーたすけてー犯されるー!」
「おーい! だからそっちは崖なんだってー! 頼むから聞いてくれ〜〜!」
なかなか彼女との距離はつまらない。だがこのまま行けば……。
くそっ、どうしようもないのか?
一向に少女は止まる気配を見せない。
「こっ、こっ、こんなことなら通信教育の合気道習っておけばよかったぁ、あー、もー
 来ないでよぉ〜!」
……さらにスピードアップ。
どうする……、どうする……?
だがもう悩んでいる時間は無かった。
こちら側からでは、あそこから道が途切れていることが分からない。おそらく彼女が
自分で止まることは……無い。
「止まれ――――――!!」
最後の呼びかけ。正に絶叫といって差し支えないほどの。しかしそれすらも今の彼女には届かない。
「な、なんか叫んでるよぉ。そんなに私のことが欲しいのぉ!?」
……かなり暴走気味の思考だった。全力疾走と追跡されているという思い込みは、十分
彼女をハイ・テンションにさせていた。
そして――――、

「え……」
十分な助走を得て、高々と空中にダイブした。

転瞬。

少年も彼女を追うようにジャンプした。
無駄に速く走ってくれたおかげで、滞空時間が長くなってくれている。
間に合う、絶対に間に合う!
自分にそう言い聞かせた。

ぱしっ。

彼女の右腕を掴む!
だが、このままでは二人とも落ちるだけだ。
なんとしてでもひっかからなければ。

「グ……、オオオオオオオオォ!」

ヴン!

全身のばねを総動員させ、空中でもう一度飛び上がる!
本来なら、それで崖の上に戻ってこれたのだろう。
しかし、彼の卓越した運動能力をもってしても、三人分の荷物と二人分の重さを
押し上げることはできなかった。
だが彼は左腕一本で岸壁にしがみついた。
高空度の強い横風が、彼らを岸壁に押し付けたのだ。

状況はかなりきつい。だが、自分と彼女の命をつなぐことができたことに少年は安堵していた。
一方少女は、落下のショックで軽く気を失っていた。
「た、頼むから早く起きてくれ……」
少し苦しい口調で、彼は言った。
「ん、……ううん」
彼女もすぐに目を覚ました。
「あ……あれ、私……って、きゃあーー!」
意識を取り戻してすぐ突きつけられた状況に、少女はやはり絶叫した。
「お、落ちるーーー!?」
「い……いいから、とりあえず僕の腰辺りにしがみついてくれないかな……?
 このまま左一本だと……ほんとに落ちちゃう」
「あ……うん」
彼女は素直に従い、少年の体にしがみついた。

両腕が開いた少年は、そのまま岸壁をロッククライミングした。両腕が使えるおかげで、何とかその重さをフォローすることができた。
「くっ……、くっ」
少し苦しそうに、でも確実に岸壁を登っていく少年。そしてその姿を背中から見つめる
少女。その瞳は、既に何か恐ろしいものを見るような……、そのようなものでなくなっていた。

「ん……、はぁっ」
崖の先までとうとう登り切った少年は、そのままはいずるように地面にうつ伏せに
なった。
彼につかまっていた少女も、一緒にそこに寝転んでいた。

「ねぇ……」
「はぁ、はぁ、……なんだい?」
「どうして助けてくれたの?」
「それは落ちるところだったからね」
「なんで。私を狙ってたんじゃないの?」
「そんなことは無いさ」
「だって絶叫しながら追っかけてきたじゃない。私、あれすごく恐かったんだけど」
「君がいきなり走り去るからだよ……。それに僕が叫んでたのは、そっちは道が
 途切れてるよって教えるためだったんだけどなぁ」
「そ、そうだったんだ……。だって、森を出たら人がいて、見てたらいきなり岩を
 ぶん殴って割っちゃうんだもん。恐くなっちゃって……」
「ああ、やっぱり……」

ほんの少しの沈黙。

「あの……さあ?」
「なんだい?」
「助けてくれて、ありがとね」
「どういたしまして。助かってよかったよ」
少年はふっと笑った。
少女もそれにつられる様に笑った。

「私の名前は柚木詩子。あなたは?」
初めて少女――詩子――が名乗った。少年はその問いに少し複雑そうな表情を浮かべ、
「名無しでいいよ」
とだけ答えた。
「え〜っ、なんでぇ? 私には名前も教えられないって言うの?」
「いろいろあるのさ」
不満げな詩子の横で、少年は意味ありげに笑っていた。

一日の始まりにしては、なかなかハードだな。
少年は苦笑した。

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