由綺は幸せだった。
こうして今、冬弥の体温を感じていられることがたまらなく幸せだった。
彼が側にいてくれれば、彼が包んでいてくれれば、彼を感じていられれば、それだけで他に何も必要なかった。
だから、とうとう出会えた冬弥の唇を積極的に求めたのは、ごく自然なことだった。そして、冬弥もそれに応えてくれた。
それ故に、ふと目を開けた時、物陰に隠れるようにして立っていた女を発見すると、激しい怒りが込み上げてきた。
二人の時間を邪魔されたことに対する怒り。
極限状態における、恋人との甘すぎるひとときは、由綺の中の何かを確実に変えていた。
――身体が、熱い。
「誰……誰なのッ!?」
突然の声に驚き、冬弥も由綺の視線の先を振り返る。
そこにいたのが女性だと知ると、今まで見られていた行為のことを考え、少し赤くなった。
「す、すいません……お邪魔するつもりはなかったのですが」
高子がおずおずと、申し訳なさそうに姿を現した。
だがこの時、高子は自分がどういういでたちをしているのかをすっかり失念していた。
フェンスの陰に隠れていた半身が現れ、由綺の位置からも右手に握られていた木刀が見えた。
「……!」
由綺は素早くニードルガンの照準を高子に合わせる。
「よ、寄らないで! 冬弥くんに近づかないで……!」
由綺は目の前が真っ白になった。高子が木刀を振りかざし、冬弥に襲い掛かるヴィジョンが頭の中を駆け巡る。
ようやく自分の失敗に気づいた高子は、慌てて木刀を投げ捨てた。
「ご、ごめんなさい! お、驚かそうと思ったわけではありませんので……
あの、お邪魔ならすぐに退散しますので……もしよかったらお話、しませんか?」
「構いませんよ。そこ、座りましょうか。ほら、由綺」
冬弥は最後の言葉に続け、ありがと、と由綺の耳に囁いて、それから二人を側のベンチに促した。
確かに由綺の反応は行き過ぎだったが、それも冬弥を心配してのことだ。特に、こういう状況では無理もないことかもしれない。
(前から思ってたことだけど、やっぱり俺の彼女にしとくはもったいないのかな……)
冬弥は苦笑すると、まだ強張った表情で武器を向けたままの由綺にウインクしてみせる。
由綺はハッとしたように銃を下ろすと、うんっ、と頷き、高子に詫びるために一歩踏み出した。
その時、冬弥の横を通り過ぎようとしている高子の手に、何かキラリと光るものが見えた、気がした。
実際、それは気のせいでしかなかったのだが、一度入りかけた由綺のスイッチを入れ直すにはそれで十分だった。
躊躇なくニードルガンを構え直し、トリガーを引く。
カカカカカカカカッ!
高圧力で放たれた細かい何万本もの針が高子の上半身左半分を吹き飛ばし、高子は由綺の方に視線を動かして――
――倒れた。
「ゆ……き……?」
「私ね」
由綺は頬を紅潮させながら、言った。
「私、強くなるよ。誰にも負けないくらい強引に、わがままに、乱暴に、冬弥くんを護るよ」
「由綺……由綺ッ!」
無邪気に微笑んで、歌うように言う由綺の肩を掴んで、揺さぶる。
由綺は待ち構えていたように冬弥の背にしがみつき、抱きしめた。
「冬弥くんが何て言ったって、私、やっちゃうんだから……」
楽園の向こう側と、こちら側と。
ブラウン管を隔てた世界よりもさらに遠い場所に、由綺はいた。
桑島高子(038)死亡
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