そして死闘のはじまり
――私は、見知らぬあなたより、ここにいる我が子のほうが大切なの……。
水瀬秋子という女を思い出す。
当然だ。私も見ず知らずの誰かなんて知ったことじゃない。
あの人は由綺さんを守ると言ってくれましたが…
ゲームの終わりは見えない…
由綺さんの生をおびやかす敵である限り、いずれ闘うことになるのだろうか。
先の放送でも由綺さんの名前はみられなかった。
あの時、もし由綺さんの名前が出ていたら私はどうしたのだろう。
――決まっている、皆殺し。命尽きるまで。
それこそ私がボロクズのように殺したあの男のように。
由綺さんは私の生きがい。由綺さんこそが私のすべて。
嫌ですわ。そんなこと…。必ず由綺さんを保護する、その時からが私の戦いの始まりだから。
調子が出ないようね…。まだ一人も殺していない。
相手を追い詰める。そこからが上手く進まない。
このボウガンが曲がっているのかしら。
そんなことは無い。明らかに腕がなまっている。
こんなんじゃいつ殺されても文句は言えないわね……
御堂を見逃したのは失敗だったかしら…あの距離なら仕留められたのに。
そろそろ次の目標といきたいところね。まだ充分人数は残ってるのだから。
私の敵…弓…あるいはボウガンを持つ奴…
情報量は決して多くない。
だけど、こうして一人ずつ追い詰めていけばいつか必ず会えるはずよ。
もしそいつが既に別の奴に殺られていたら――どうするのかしら。
その時は潔く私も死ねばいい。
……私は嘘を言ってるわね。私もしょせん人殺し。
この憎悪と、私の罪は消えることは無い。
だって私はこのゲームにもう乗ってしまったのだから…。
濡れた朝露が弥生の靴を濡らす。
うっそうと茂る森の中はどこか気味悪く感じられる。
「由綺さんにはこのような所を歩いて欲しくはないものですね。」
さらに奥に進む。
まだ暗い森を、すべるように進む。
その動きに無駄は感じられない。
石原麗子は、暗殺者さながらの今の境遇を楽しんでいた。
(この辺で一人殺しておかないとシャクね…)
眼鏡の奥がキラリと光る。
だが、麗子は油断していた。とりもどせない勘のせいかもしれない。
肉眼で確認できるまで、目標達の気配を感じとれなかったのだから。
チャキッ……
雪見は常にライフルを構え、臨戦体勢を整えながら森の中を進んでいく。
「さっきから登ったり降りたりばっかりね……」
うんざりしたように雪見がひとりごちる。
平坦な森の中、だが、いつしか急な斜面を登らされるはめになっていた。
今更引き返すのもばかばかしい。
「先に進むわよ。」
額の汗を拭う。弱音なんて吐いてはいられない状況だ。
少しだけ斜面がなだらかになった森…いや、山の中腹。
そこへ自然と足が運ぶのは偶然でなく、人間の本能としてはそれほどめずらしくはなかったのかもしれない。
一瞬の時が流れた。
「――――!」
「――――!」
「………!?」
二人、同時に口を開く。
「まさか、ここまで気付かないとは…ダメね。」
「見つけた……ボウガン……あなたが……。」
ジリッ…地面をする音。
(……ここでやる気――!?)
わずかに遅れて弥生。
その場の空気が変わるまでそれほど時間はかからなかった。
武器を持つ手はまだあがらない。
それぞれ距離は7,8メートル…正三角形型にお互いの位置。
同時に二人を相手にするには誰もが厳しすぎた。
バッ!!
なにがきっかけだったのだろうか。恐怖がのそりと首をもたげた。
刹那、三人はほぼ同時に三方向へと散った。
お互いの姿が木々の裏にかすむ。
そして銃声。風を切る音。
硝煙の匂いが戦いの始まりの合図だった。