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やみとひかりのあいだ


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 怖い怖い怖いこわいこわいこわい……!
 毒が全身を蝕み、意識までも食い尽くそうという中で、それでも葵は
死への恐怖から必死に逃れようと足掻いていた。
 ――ふと、その手が固いものにぶつかる。無我夢中でそれを掴むとそれを差し出した。
それは鋏。香奈子から奪っていた毒付きの鋏だった。
 それを見て、香奈子の目がスッと細くなる。……生きる為の本能からか、葵はその鋏を香奈子の方へ向けた。
――が、その手に力は入らず、ぶるぶると震えた指先に掴まれた鋏は力無く地面に落ちる。
「……あ……くぅ……」
 けらけらと香奈子は笑って、その鋏を拾い上げる。
「残念。せっかく武器があったのに落としちゃったね。……これはね、こう使うのよ?」
どん、と音がして。葵の右手に鋏が突き刺さった。
「……」
 が、もはや葵の感覚は失われつつあった。悲鳴を上げる力も残ってない彼女は、
為すが侭にその状況を虚ろな目で見ていた。
 香奈子はその様子を見て、不満気に顔を歪める。
「つまんない。もっと泣きなよ。もっと叫びなよ。もっと怯えなよ。もっと怒りなよ。
もっともっともっともっともっともっともっと……っ!!」
 二度、三度。ざくざくと葵の手の甲に鋏を突き刺す。――が、葵はもう反応しなかった。
「……つまんない。他の人を探そう。――じゃあね」
 と、香奈子は葵から離れようとして――その耳元に囁いた。
「人殺しはいけない、って言ってたけど、あなた私を鋏で刺そうとしてたでしょ?
殺そうとしてたでしょ? 殺そうとしてたよね? セイギノミカタさん?」
 けらけらと笑いながら、香奈子は瑠璃子の元へ去っていった。
 葵はその口を開いて何か言おうとしたが唇は動いてくれなかった。
 その手を伸ばそうとしたが、ぴくりとも動かず、何も掴めなかった。
 ただ、頬を伝う涙だけがまだ彼女が生きてることを教えてくれた。

……もっと強くなりたかった。
……どこかの高校にいるという、電話帳を手で引き裂く格闘家と戦ってみたかった。
……綾香さんともう一度手合わせをしたかった。
……先輩にもう一度励まして欲しかった。『大丈夫、葵ちゃんは間違ってねぇよ』って
……もっと強くなりたかった。自分の正義を貫けるぐらい。
でも、もうそれは無理。

遠くで声が聞こえる。それは朝の定時放送だったが、既に葵の耳には届かない。
朝日が昇り暖かな光が葵を照らしていたが、それも葵にはもう感じられなかった。
五感が、急速に失われていく。

混濁する意識をそのままにまかせ、葵はぼんやりと親しかった人たちのことを考える。
せめて、綾香さん。先輩。そして皆さんは無事に帰ってください。
私はここで、皆さんの無事を祈ってます。
ねぇ、先輩。私、殺し合いに参加しませんでしたよ。一人も殺しませんでしたよ。
――誉めてくれますか?

ふいに、呼吸が荒れる。

――でも。
しぬのはこわい。しぬのはいたい。しにたくないしにたくないしにたくない。
たすけて。たすけてあやかさん。たすけてせんぱい。たすけてだれか。

意識が恐怖に飲みこまれていく。

その時、薄れ行く意識の中で、その瞳が何かを捉えた気がした。
――朝日の中黄金色の髪を持つ少女が走ってくる。
その背中には、羽が生えている気がした。……そう、見えた。

てんしみたい。 ああ、ないてる。わたしのためにないてくれてるのかな。
だったら……うれしいな。

――それが、松原葵の最後の思考だった。

081番 松原葵 死亡
【残り66人】
【毒付き鋏 太田香奈子が再び所持】

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