結界の攻防
スフィーは到着と同時に流れ出る魔力をかき集めながら芹香の背中を叩く。
「3分耐えて。リアンを連れ戻すから」
芹香はコクンとうなずくと、結界の強度を増した。
「何で連れ戻すのよ!!」
綾香が現れたばかりのスフィーにくってかかるが、スフィーはそれを相手する
時間も面倒だと言わんばかりに怒鳴りつける。
「結界内の力が強すぎるからよ!!リアンじゃ無理だし、今の私でも無理!!!!
この子に対するにはそれなりの準備と時間が必要なの!!!!」
そう言いながら呪文詠唱に入ったリアンを南が眺め見る。
「――――――なるほど――そういう事――」
南の呟いた言葉を聞き取れたのはすぐ側にいた佐祐理だけだった。
「3分で戻ります。もし戻らなければ私達2人を見捨ててここから待避してくださいね」
そういうと、スフィーはリアンに寄りかかるように倒れ込んだ。
みるみるうちにスフィーの体がしぼんでいく。
魔力=体力と言わんばかりに。
「芹香姉さん大丈夫?」
綾香の問いかけに対して芹香は汗を流しながらコクンとうなずくだけだ。
その瞬間も神奈備命からの攻撃は一向に止まない。
約束の3分が経過し、リアンとスフィーは今だ意識を取り戻さない。
「舞!!!!」
”バリーーーン”
佐祐理の悲痛な叫び声と同時に――――状況は一変した。
牧村南が懐から手裏剣を投げつけるのと、芹香が保っていた結界がはじけるのはほぼ
同時だった。
南の投げた手裏剣は舞の体に向かい突き刺さったかに見えた。
「ぽんぽこタヌキさん!」
舞はそう呟くと南に向かって一気に詰め寄る。
「あれを裁ききれるの!!」
南は捨て台詞を吐きながら一気に後ろへ飛びすさりながら手裏剣を投げつける。
狙いは、リアン。同時に4枚投げつける。
そのうち2枚を舞が弾き落とし、1枚を綾香が踵ではじき返すが、1つはリアンの腕に
グサリと突き刺さる。
だが、リアンはピクリともせず、ただ刺さった部分から紅い血が流れ出す。
「あんた!!どういう了見だい!!」
怪我をしたリアンを抱きかかえながら綾香は南に向かって怒鳴りつける。
「ふふ。内緒です――――――――よっと」
舞の繰り出す竹槍を身軽にかわしながら南は綾香の問いかけに答えを返す。
そして、そんな最中暴走した神奈の光弾が、あたり一面に降り注ぎ始めた。
芹香は必死に失った防壁を微量ながら形成してスフィーを守り続ける。
「うわったったったったった!!舞さん。姉さんこれは以上ここにいるのは無理だから
早く逃げて!!!!」
綾香の問いかけに首を振る芹香。しかし、そんな芹香を捕まえて一気に走り出したのは
芹香が守ろうとしたスフィーだった。
前の身長から比べると2/3程度になってしまったろうか、見た目すでに小学生という
状態までスフィーはしぼんでいたが、それでも芹香と自分を守る結界をかろうじて張り
ながら、一気に山を下る方向へ走り始めた。
「みなさん遅れてゴメンナサイ。この山を下った所に小屋が一件あったからそこで
落ち合いましょう」
綾香はスフィーの言葉にうなずき、スフィーとは別の方向へ下っていった。
綾香の腕に抱きかかえられていたリアンは苦しげな息をもらしながら、今だ気を
失っている様だ。
他の人も気になるけど、今の優先順位はこの子を安全な場所で見ること。
綾香は自分で自分に言い聞かせ、一気に山を下る方へ走っていった。
「あとで山を降りたところで落ち合いましょう!! 絶対来るのよ!」
気を失ったリアン(090)を抱えて駆け去る来栖川綾香(036)の声に、川澄舞(027)は頷くことで答えた。
――――いや、言葉を返す余裕がなかったと言うべきか。
「舞さん、ごめんなさいね。せめてあなただけでも片付けないと……こう見えてもね、運営スタッフって大変なのよ」
その呑気な口調とは裏腹に、牧村南(080)の手から繰り出される手裏剣は、正確な狙いで確実に舞を追い詰めていく。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
飛ぶ虫を落とす勢いでそれを払いのけるも、竹槍ではやはり分が悪い。
あと幾つだろう。向こうの手持ちが尽きれば、まだ勝算はあるのに――――
「佐祐理、早く逃げて! 私は死なないから、必ず会いに行くから!」
後方に取り残された佐祐理へ叫んで、舞は一気に間合いを詰めた。攻撃を引きつけるためだ。
――――自分が囮になる。
これしか全員を逃がす方法はないと判断した結果の、捨て身の戦法。
向かってくる無数の手裏剣をぎりぎりのところで叩き落とし、なんとか時間を稼ぐ。
辛うじて、と評するのがふさわしい、そんな戦い方だった。
「皆の所へは、行かせない……!」
呼吸を乱さぬままに、毅然と言い放つ舞。
「あらあら、美しい友情」
竹槍一本でお見事ですね。微笑んで、南が懐から脇差しを取りだす。
「だけどね、こういうふうにも――――使えるんですよ?」
気づいたときには、遅かった。
竹槍が右手の脇差しを弾くより早く、それは投げ放たれていた。
……倉田佐祐理の居る、方向へ。
ざっ、と言う嫌な音。
肌を裂く音。
「誰でも良いの……ただ、数を減らせばいいだけ」
「佐祐理ッ!!」
南の呟きと舞の叫びは、ほぼ同時だった。
だが、舞は振り返れない。振り返れない。
倒れ込む、佐祐理の姿がありありと想像できるのに。
今すぐにでも駆け寄りたいのに。
だけどこの女性が――――そうさせてくれない。
「よそ見したらいけませんよ、舞さん?」
2本めの短刀を片手に携えた南は、逆に攻勢を激しくしていく。
動揺した舞が社の壁際に追い詰められるのに、そう時間はかからなかった。
「く…!」
刃を無理に受け止めようとした竹槍がすぱり、と切れ、半分以下の長さになる。
絶対的に不利だ。ここはなんとか退くしかない、だけど佐祐理を置いてなんていけない……!
必死で刃の軌道から身をかわしながらも、舞は逡巡していた。
この女性が豹変したとき、初めに無理にでも遠ざけるべきだった。
私のミスだ。私のせいで佐祐理が傷ついた――――
その後悔は焦りを呼び、手元を狂わせる。
にこやかな表情を崩さぬまま斬りかかってくる南の刃が、舞の胸を軌道上にとらえた、
まさに、その時。
「武器、捨ててくださいね」
「……っ……」
かららん、と音を立てて、短刀を取り落とす南。
舞がその瞳にうつしたものは。
南の胸に、銃口を合わせた佐祐理だった。
「舞に、ひどいことしましたね? しましたよねーっ?」
ちゃき。
デザートイーグルの銃口が、ふたたび照準を胸に合わす。
その右足は血に染まっているのに、微塵も痛みを感じていないかのような笑みさえ浮かべながら。
冬の夜風のような冷たい瞳で、告げる。
「佐祐理は、許しませんよ」
「やめて……やめて、佐祐理」
「どうして? このひとは皆を殺そうとしたんですよ? ……何より、舞のことを」
「分かってる、分かってるけど……佐祐理、」
怖い、とは言えなかった。きっと傷つくから。
だけど佐祐理の目は、普通ではない。
何の色も見えないような、凍えそうな目は、今までに見たことがない――――
そこまで口に出しかけて、言葉を飲み込んだ。
だめだ。それを言ってしまえば、たぶん佐祐理は壊れてしまう。
「いいですか? 3つ数えるうちに、武器を捨ててくださいね。でないと全弾撃ち込みますから」
確信に近い直感で、舞は声を喉で殺した。
「ひとつ」
引き金にかかった指に力が込められるのが見えた。
「ふたっつ」
すう、と佐祐理の目が細まる。
「みっつ」
「……バカにしないでください」
ほぼ同じタイミングで銃声が響き渡り、手裏剣――おそらく最後の――が佐祐理の肩を裂いた。
痛みで弾道がズレたのか、南は無傷のままだ。
「もう、私は行きますね。色々調達しなくちゃいけないものが増えたみたいです」
「行かせません……あなたは、舞を傷つけた罰を受けるんです…っ」
「駄目、駄目だ佐祐理! 動かないで!」
これ以上動くと、さっきの傷口が広がってしまう。
半ば怒鳴るようになった舞の叫びに、佐祐理はびくりと顔を向けた。
その隙を見逃さず、南は森の奥へと姿を消してゆく。
スフィーたちが逃げていったのとは逆の方向だったが、油断は出来なかった。
「……手当が、先だと思う」
「そうだね……でも、佐祐理は大丈夫だから」
「大丈夫なわけない。右足の傷、血を止めないと」
言って、舞は自分のデイパックからタオルを取りだす。包帯替わりにするつもりなのだろう。
「ごめんね舞、足手まといになっちゃったね……」
「謝らなくていい。いいから、動かないで。私は佐祐理に無理をされるのが一番悲しい」
舞の言葉に、佐祐理の表情が僅かに曇る。
二人はまだ、手裏剣に遅効性の毒が仕込まれていることに気づいていなかった。
夜明けはもう、近い。