偽りの朝餉と出発
眠れなかった。
霧島佳乃(031)と別れた後、民家に戻って来た柏木梓(017)は、
わけのわからない苛立ちを抑えながら眠ろうとした。
が、先程の出来事や、一人でいることへの恐怖から寝付くことが出来なかった。
結局、そのまま民家を探索することに時間を費やすことにした。じっとしているよりも気が紛れる。
――ふと気がつけば、朝日が夜の闇を鮮やかな蒼に染めようとしている。
「……朝か」
憔悴しきった表情で、窓の外が明るくなっていくのを見つめる。
「結局、眠れなかったなぁ……」
ため息をひとつ。そして大きな伸びをする。
「仕方ないか。……朝飯でも作ろう」
驚いた事に、梓が忍び込んだ民家は、ガスも水道も電気も使用可能であった。
更に、冷蔵庫を開けるとそこには2、3日分の食材が鎮座ましましていた。
――あまりにも露骨に設備が整っている。毒でも入っているんでは無いかと思い、
梓はそこらの食材を調べてみたが――千鶴姉の作った料理と対峙した時のような
プレッシャーは感じなかった。
腹が減っては戦は出来ぬし、滅入るばかりの気分を何とかして転換したかったため、
梓は深く考えずに朝食を作る事に決めた。
とんとんとんとん……。
「〜〜♪」
鼻歌交じりで包丁をリズミカルに振るう。と、その目が包丁に注がれる。
――これで、人を殺せる。
梓は一瞬頭に浮かんだ考えをぶんぶんと振って追い払う。――そして何となく気付いた。
この狂ったゲーム、最初の武器の優劣こそあれ、その気になれば
簡単に武器を手に入れることが出来るようにしているのだ。
この包丁が良い例だ。――だから、無理に家や学校の施設を荒らしたりせずに
そのままの状態で放置してるのだ。その方が、武器を生み出し易い。
そして、武器をみつければ殺し合う確率が高くなる。武器が無く、怯えて隠れるよりも。
「なるほど。ゲスの考えってわけね。……思い通りに行くもんか」
と、タイミング良く、その時朝の定時放送が聞こえてきた。梓は舌打ちをしながらも
耕一たちが、そして佳乃が死者に入っていない事を確認して安堵する。
梓は、止めていた手を再び動かし始めた。
やがて、キッチンに炊き立てのご飯と、味噌汁の香りが漂う。
ぱちんと味噌汁の鍋にかけていた火を消すと、梓はいつものようにエプロンを外そう
――として、苦笑いする。
「そっか、アタシまだメイド服着てたままだったんだ」
テーブルに典型的な日本人の朝食を並べると席につく。
「では、いただきます」
ぽんと手を合わせて、梓は久し振りのまともな食事を堪能する事にした。
――それは言うなれば非日常であるキリングゲームの中で作られた、偽りの日常だった。
「さて、これからどうしようっか……」
食器を片付けながら、梓は呟く。
「まずは耕一たちと合流するのが先決よね。
それから、協力してあの主催者をぶっ飛ばす!」
ぶんぶんと腕を振りまわしながら梓は叫ぶ。
「あ、そだ。耕一たち、お腹減ってるといけないから……」
そそくさとキッチンに戻ると、余ったご飯で少々大き目のおにぎりをこしらえる。
その数、5つ。耕一と、千鶴姉と、楓と、初音と、――そして、佳乃の分。
「やっぱ、あのままじゃ納得いかないしね。ちゃんと理由を問いたださなきゃ」
つ、と首筋に触ってみる。傷は――もう無い。幻覚か、
自分の治癒能力が活性化されているのかそれはわからなかったが、
とりあえず痕が残らずにほっとする。――この辺は、やはり梓もオンナノコである。
「耕一たち、千鶴姉の料理を食べる羽目になってないといいけど」
くっく、と梓は笑いをかみ殺す。
「さて、行きますか」
メイド服を整え、ネコミミをつけたまま梓はそっと玄関を出た。
そして歩き出す。ディバックに、おにぎり――それは日常の欠片
――を詰めこんで。
【大き目のおにぎり5個 柏木梓所持】