覚悟
「観鈴! 行ったらあかん! 観鈴……!」
ごめんね、お母さん。
でもわたし、倒れてる人放っておくなんて、出来ないよ。
死にそうな女の子を見捨てるなんて、わたしには無理。
ほんとうに……ごめんね。すぐに戻るから……ごめんなさい。
……けど、辿り着いたときには。
「あの、大丈夫…ですか?」
そろそろと、物音を立てないようにそばに寄る。
――――短い髪の女の子は、倒れたまま返事をしない。
抱き起こそうと触った手は血まみれで、ぬるりとそれがわたしの指についた。
「………ぁ…」
つめたい、身体だった。
無駄のないそのからだは、ぼろぼろに傷ついている。
痛かっただろうな。苦しかっただろうな。考えただけで胸がきゅっと締まる。
死んだ人にさわっているのに、不思議と気持ち悪く感じなかった。
その子のからだを一度だけきつく抱きしめて、
「助けてあげられなくて、ごめんね……」
ちいさくちいさく呟いた。
気休めでも、偽善でも、そうしてあげずにはいられなかったから。
もう変わらないその表情がひどく安らかだったのが、まだしもの救いだったと思う。
「……もう、ええな」
腕に女の子を抱えたまま、振り向く。
見慣れたお母さんの顔があった。大好きな。
ひとつ頷いて、わたしは女の子を近くの大きな樹にもたせかけた。
眠っているようにも見えて、また悲しくなった。
「えと……勝手なことしてごめんなさい」
目が合わせられなくて、俯いたまま話す。
「えぇよ。観鈴は無事やったんや。けどな、もう無茶したらあかんで」
戻ってきたわたしの頭に、やわらかい手が置かれる。
「あんたが死んでしもたら、うちにはなんにも無くなってまう。
命はひとつっきりや。都合よう返ってくるもんやない。
せやから、……うちら、生きなあかんのや」
髪を撫でられて、思わず顔を上げる。……真剣な声に、涙がまじってた。
それを見て、わたしは今さらながらに自分の行動を後悔した。
わたしのせいで、お母さんが死んじゃったかも知れないのに。
やっぱり――――わたしは頭の悪い子だ。
「……とりあえず、ここは危険や。この子をやったんがおるかもしらん。
そやな、地図だと……向こうの住宅地の方、近いな。行こか」
手にしたシグ・ザウエルショート9mmを固く握りしめて、お母さんが先を促す。
今も、遠くから銃声が何発も轟くのがきこえる。
その残響を耳から消せないまま、私はなるべく音を立てないよう歩き出し……
「……あ、あの…っ」
弱々しい、女の人の声。逃げてきたんだろうか、服も手足も泥だらけだ。
「動かんといて。うちら、行かなあかんのや」
「お母さん!」
お母さんが女の人に銃を向けた。袖を掴んでも、その目は険しいままで。
「あの、あの、神尾さんという人を見ませんでしたか……!?」
私とお母さんは、同時に目を見開いた。