命題


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刀には感じ入るものがある。
それはかつて自分が使っていた、今はもう無いあの剣を思い出すからだ。
「懐かしい……」
かつての記憶が走馬灯のようによぎる。
それは武人として生きた、激動の時代への追想でもあった。
そして今も……。
坂神蝉丸が武人であることに変わりは無かった。

嘆くべきこと、それは戦いが今の時代ではゲーム扱いにされていることだった。
命を賭して戦うことの尊さは何よりも分かっている。
俺たちのときもそうだった。
国のために、天皇のために命を賭す国民と軍人。
それは正に国という一つの大きな怪物が、一体となって動き出したと言えただろう。
だが……この戦いに先は無い。
仮に生き残れたとして……それでどうなる?
他人の命をいたずらに奪ってしまったという呵責。
無理やりに死線をくぐらされ傷ついた心身。
大切な……家族や、友人や、恋人との別離。
そして……、信頼していたものの裏切り。
そんなものを経験した人間が、果たして安穏な生活に戻れるのだろうか……。

――答えはいつも同じ、
”否”だ。

だが、そんな正論を、常識を失わせる何かがここにある。
そうだ、ここは狂っている。
生き残らないものからすべてを奪う、ただの戦場ではない、狂った戦場だ。
かつての我々は……、
俺も、光岡も、岩切も、あまつさえ御堂であっても、お国のためと
心を結託し、戦場を邁進したものだった。
戦争では何人もの人間が死ぬ。数々の兵士が町で、山で、海で、空で、
散っていったことだろう。
しかし彼らの死はけして無駄ではない。
真の忠誠心というものを胸に戦った彼らには誇りがある。
そしてそれは死してもなお残るものであり、
後進を行くものに脈々と受け継がれていく。
だがここにはそれが無い……。
意志も、理念も、そして矜持すら無い。

ならば俺が戦う理由は、そんな理不尽さの中に散っていった、
今の仲間たちの弔いだとでも言うのか……?

苦悩。
純粋な苦悩。
だがそれすらも死ねば無意味になる。

死。
死ぬこと。
そう、ここでの死は人間の尊厳を認めない。
ただ、死者は敗者であり、そしてただの躯に過ぎないのだ。

そう、この島に来てから、いつだって蝉丸の足取りは重い……。

チャキッ。
刀の唾がなる。
蝉丸はいぶかしんだ。
別に普段ならなんでもない、偶然体か何かにでも当たって鳴ったんだろうと
思えるような些細なこと。
だが今は、それが何かの予兆であるとしか思えなかった。
――誰か、来る。

蝉丸は、自分の気配を殺しその場にとどまる。
……無論、刀はいつでも抜けるようにした。

ザワザワ……ザワザワ……。

木々のざわめき、その様子からは、蝉丸が警戒するようなものは何も感じ取れない。

ずざぁっ。
茂みを食い破って出てきた一人の影。

「ちくしょう……、腫れてきちまったぞ。どうする……」
左目を押さえ、やけに重そうな鞄を背負う男の姿。

かなりの手傷を負った、藤田浩之であった。
まだ、浩之は蝉丸に気付いていない。だが蝉丸を警戒させる何かが彼にはあった。
先手を打って出るべきか……、いや、それではこのゲームにのったことになる。
無益な殺生は、できるだけ避けたかった。
時間にして一瞬の、蝉丸の葛藤だった。
そう、見た目はまだ少年といって差し支えない……。しかし、彼からは血の匂いが、
というより死の匂いが強すぎた。
こんな子供にまで、殺生を強要すると言うのか!
蝉丸はその事実が歯がゆかった。

「!?」
少年がこちらに気付いたようだ
左目に当てていた手を離して拳銃を構える。
早い……な。
銃器の扱いに手馴れている。
おそらく昨日まで触れた事も無かったようなそれが、今では彼にすっかり
馴染んでいる。
その事実が……、なんだか無性に悲しいことに思えた。
「おっさん……いつからそこにいた?」
浩之はすこし焦った様子で言った。
「君が来る少し前からだ、少年」
蝉丸は身じろぎもせずに言った。
「なんだよ……、だったらあんたそれで斬りかかってくれば、俺を殺せたかも
 しれなかったじゃねぇかよ」
ピク……。
蝉丸のまゆが一瞬上がる。
「死に場所を求めているのか、少年?」
蝉丸の静かな問い。
「……知らねーよ。俺はただ、早く帰りたいだけなんだ」
蝉丸には、そのセリフのあまりの希薄さが不審に思えた。
「本当にそれだけか? まだ何かあるのではないのか、君をそこまで駆り立てる
 何かが……。少年?」
浩之の表情……、これまで躊躇いも無く人を殺してきたはずの鉄面皮が、初めて
苦渋の色を宿す。
「……知った風な口聞くんじゃねぇよ、おっさん」
暗い、憎悪にも似たその感情が、浩之の口から流れる。
「あんたに何がわかるってんだよ、何もわからずいきなり拉致されて。
 かき集められた先でいきなり殺し合えなんていわれて。
 そして目の前で一人、ナイフであっさり死んで。
 最後まで生き残った一人が無事に帰れるって、それで武器まで支給されて……。
 なんなんだよ、俺が一体どんな悪いことをしたって言うんだよ!?
 なあ、おっさん。応えろよ、応えてみろよ。ああ?」
浩之の独白にもにた物言い。
蝉丸はそれを無言で聞いていた。
「俺はもう人を殺したんだよ……。もう止まれねぇんだよ! 俺が俺を保つには、
 このゲームにのるしかねぇんだよ! 走り続けるしかねぇんだよ!」
少年……。
蝉丸はほんの少し憐憫の思いを催した。
この少年もまた、この狂った環境の犠牲者だったことに気付いて。

「まだ……、殺し続けるのだな」
「たりめーだよ」
ジャキッ。
再び銃を構えなおす浩之。
「さよならだ……」
浩之は発砲しようとした。
ならば、私はそれを阻止しなければならんだろうな。
蝉丸は言った。
「少年、そこからでは俺に当てることは出来ん。命中させたいのなら、
 もっと近くから狙うことだ」
それは掛け値なしの真実だった。
蝉丸もみすみす撃たれて死ぬ気は無かった。
そして彼にはそれだけの技能があった。
だが、それも今の浩之には挑発に聞こえたようで。
「見くびりやがって……」

ダンッ! ダンッ! ダンッ!
浩之は発砲した。
だがその弾道はすべて蝉丸には読めていた。
蝉丸は発砲の瞬間に体を翻す。そして一気に浩之に迫る!
「くっ!?」
十数メートルの距離を詰める。浩之は接近する蝉丸に向かってトリガーを引いた。
カチッ。
「何!?」
それは致命的な玉切れだった。
一瞬で浩之の懐に入り込んだ蝉丸は、彼を当身で吹き飛ばした。
どぉん!!
かなりの重装備だった。だが、にもかかわらず浩之の体は見事に宙を浮いていた。
ばたん!!
「ぐはぁっ!」
地面にたたきつけられる浩之。その装備が仇となり、衝撃で浩之は激しく喘いだ。
「がッッ……あああ……くはっ!」
当身の残身のまま蝉丸は立っていた。
吹き飛ばされた浩之を見る目は、どこか灰色で……。
「他に方法は無かったのか……少年」
蝉丸は一言、そう、呟いた。

「蝉丸〜〜〜〜早くとってよ〜〜〜」
少し横道の方から聞こえてくる声
――月代だった。
「まだ水辺には着いていないぞ」
蝉丸はあっさり言った。
「え〜〜〜、それじゃまだコレ取れないのぉ〜」
「そのようだな」
なぜかくっついていた面は、無理にはがすと月代の肌を持っていってしまいそうだった。「もう少しだ、我慢しろ」
「うん……、ところで蝉丸。突然声が遠くなったみたいだけどなんかしてたの?」
「いや……」
喘ぎ苦しみ、その後失神した浩之を、蝉丸は荷物ごとおぶった。

「ちょっと野暮用でな」

蝉丸は月代を水辺へ促した。

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