両表のコイン
朝……
夜を徹して寝ずの番を果たした和樹は、小さくあくびをした。
(不謹慎だよな、あんなことがあったってのに。)
明け方、あの高槻からの放送――由宇の名前が挙げられていた。
詠美の話から予想できなかったわけじゃない最悪の考え…
もしかしたら由宇ならば――。
和樹のかすかな希望すら打ち破られた。
「もう、許せねぇ……いや、ダメだ。」
和樹は煮えたぎる気持ちの昂ぶりをなんとか押さえる。
いくら和樹の武器が機関銃だからといって、むやみに突っ込んだところで犬死が待っているだけだ。
すぐ横で、詠美が静かな寝息を立てて寝ている。
和樹の迷いはそこにもあった。
最初は仲間を集めてみんなで敵を倒そう――。そんなふうに思っていた。
「甘すぎたんだな、俺は。」
瑞希は、もういない――。
いつも憎々しかったが、心の底では誰よりも固い絆で結ばれていたはずの大志。
裏切られて、そしていなくなった。
いつも大人っぽく、だけど本当は誰よりも子供のように慕ってくれていた郁美ちゃんも、いない。
そして、今また由宇までも。
それだけじゃない。まだどこかにいるはずのみんなも――詠美には会えたんだけど――ここにはいない。
これは、現実なんだ。虚構の世界じゃない。
だけど…
一度は自暴自棄になりかけた自分、それも詠美の存在を確認してもう一度自分を取り戻すことが出来た。
でも、このまま行動して本当にいいのか?
機関銃を手に取る。
共にあいつらを討つ仲間。探せばまだきっといる。和樹や詠美のように生き残って動いてる者もいるはずだ。
もしかしたらもう戦っている奴等もいるのかもしれない。
再度詠美の寝顔を見つめる。よほど疲れていたのだろう。最初は寝るのすらも恐がっていたのに。
和樹はためらっていた。詠美を連れまわして行動することに。
誰かに預ける――誰に預けるというのだろう。
おいていく――置いていけるわけがない。というか連れまわしたほうがよっぽどマシだ。
和樹は答えを見出せずにいた。だが、考えるのをやめるわけにはいかない。
後悔しないために。
「――んっ…」
「おっ、起きたのか詠美?」
「えっ?……そっか……うん、おはよ……」
詠美が目をしばたたかせながら上半身を起こす。
「いつの間にか寝ちゃったんだ。」
「そうみたいだな、ぐっすりだったぜ。」
「ヘンなことしてないでしょうね。」
「するわけねぇだろ…」
「ポチは寝なかったの?」
「……俺は昼間、寝てたからな。(ポチはやめろよ、二人のときぐらい…)」
かすかに、腹部が痛んだ――。
「ほらよっ!」
「わっと、いきなり投げないでよね!で、でも……あんがと。」
二人で軽い朝食を取る。昨日食べなかった残りのパン。
人間の腹は良く出来ている。食欲はなかったが、パンを口に含むだけで何か充実感を感じる。
「ねぇかずきっ、わたしが寝てる間、何にもなかった?」
不安気に詠美。
「ん、ああ――」
詠美の視線を受けとめることができないままに呟く。
言えない。いつかは知ってしまうかもしれないが、今ここで由宇の死を、現実を伝えることはできなかった。
「ねぇ、これからどうするの?」
「ああ、仲間…同じ志をもった仲間を集めるんだ。抵抗、脱出、いくつか戦う手段はある。
だから行動しなきゃな。」
「うん……」
いつものような覇気が無い。
(だけど、これが本当の詠美なんだよな。)
和樹は知っている。虚勢の裏に隠された本当の詠美を。
(まあ、本人に言ったら罵倒されるのがオチだろうけどな。)
耳まで紅潮させて食いかかってくる詠美が脳裏に浮かんだ。
「あたしも、もちろんいっしょだよね。」
「……」
和樹が考えてもでなかった答えが、今そこにあった。
「だ、ダメだダメだ!」
和樹は頑なに首を横に振った。
いざ決め付けられると、それはやはり不安になってくる。
「な、なんで!?かずきはあたしがじゃまなわけ!?こんなちょーびぼーの乙女なあたしを
こんなところでおきざりにしよーってわけ!?」
置き去りにする…そんなことできない。だけど、どうしても最後の決断、勇気が足りないのだ。
「……」
「うーっ!もういい、あたしかえるっ!」
目に涙を湛えて、詠美がきびすを返す。
「まてっ!」
そのまま走り出そうとする詠美の手をがっしりとつかむ。
「ううっ…」
今にも涙が溢れ出しそうな瞳。
「…分かった。じゃあ、こいつで決めよう。」
「ふみゅっ?」
和樹のポケットに入っていた、たった一枚だけのコイン。
「この10円玉の表が出たら詠美を連れて行く、裏が出たらどこか安全な場所にいればいい。」
「そ、そんな、まって……」
ピ―――ンッ……
詠美の静止の声も届かず、コインが舞った。
「――――っ!!」
詠美は目をぎゅっと閉じ、顔を背けた。
パシッ!
「詠美……」
「やだ……聞きたくない!」
「見ろよ、表だよ。」
「やだやだ……えっ!?それじゃあ…」
「おまえの強運には負けたよ、いっしょに行こうぜ。」
「う、うん…!!」
詠美の顔が、花が咲いたように明るくなる。
「ポチ!いくわよ!」
「離れるなよ…それと、俺はポチじゃねぇ。」
「あんたなんかポチでじゅーぶんよ!このポチまる!」
おれは、卑怯だよな…こんな形でしか…
コインを手に取る。だけど…
「勇気出たぜ、相棒。」
もう一度コインを天に放って、それをつかむと、なぜか力が湧いた気がした。