さよならを、あなたに
「誰? じゃないわよ!? あなたがお兄ちゃんを殺したのね!」
茜は、地面に横たわる死体と目の前の少女を交互に見た。
「…妹さん?
…誤解です。私はこのが死ぬのを看取っただけです」
「嘘! そんなこと言われても信じられるわけないじゃない!」
理奈の言うことも一理ある。茜は銃を持っているのだから。
それにこの状況下、肉親の死体を前に冷静でいられるはずがなかった。
理奈は大声で叫ぶことで恐怖心を押さえ、茜をきっと睨み付けた。
対する茜は全く動じない。
「…だから、誤解です」
「許さない! 絶対、殺してやる!」
そんなことが出来るとは思ってもいなかった。
ただ、感情が先走り、叫んでいた。
茜は「ふぅ」と溜息をつき、冷酷に告げる。
「…武器なしでですか?」
理奈は凍り付いた。
今手持ちのものといえば小型カラオケのみ。
これで殴り掛かれというのか、相手は銃を持っているのに?
「うるさいっ!」
そんなこと構いもせず、茜に殴り掛かる。
茜は銃を理奈へと向け……思い直して、すっと左に避けた。
勢いあまって理奈は転び、小型カラオケが地面に落ちる。
起き上がったすぐ目の前に、英二の死体があった。
「だって……お兄ちゃんが……」
そのまま英二の死体にしがみつき、泣き叫んだ。
その光景をしばし見つめ、茜は再び銃を上げる。
理奈の視線が、その動きを捕らえた。
何も映さない、暗い銃口を見つめる。
「…あなたは私を殺すといいました。
…だから、私もあなたを殺します。
…さよなら」
幾度とない銃声が、この森には響いていた。
今度の銃声もまた、森の一部となっていった。
理奈の体が崩れ落ちる。
傷口から血液が……流れていなかった。
いや、そもそも傷口なんて存在しない。
茜の撃った弾は、理奈に当たっていない。
理奈は緊張に耐え切れず、失神しただけだった。
(…どうして外れたの。
…やっぱり私は、人を殺せなくなったの。
…違う、きっと、あの人は私を殺せなかったから。
…私がここで、殺す理由がないだけ。
…そうに決まっている。
…もう行こう)
そう心に呼びかけても、茜はしばらく、その場を離れることが出来なかった。
残された少女は、これからどうするのだろう。
そんなことを考えていた。