ユガミ
「…天野さん、探していたツインテールの子って、もしかしてあの子?」
”自分達が手にかけた”死体を目の当たりにしてから、数時間。
”既にコト切れていた”瑠璃子さんを確認してから、数十分。
おそらくこの数値は正確ではないだろう。
あまりに連続した人の死の数々に、僕の心も身体も、すこし妙な具合に軋み始めているような感じがするからだ。
「いえ、違います。あの子はもうちょっとこう…なんて言ったらいいんでしょうか」
「どういう風に違うの?」
「ええと、まず髪の色はあの方よりすこし派手です」
そう言った天野さんが指差す先には、なかのよさそうな女の子の二人組がいた。
…それと、なぜか傍らにタライ。
(タライ…、行水でもするのかな?)
ぼっ。
「祐介さん、顔、赤いですよ」
「え」
言われてから、自分の顔が上気しているのに気が付く。
「なな…、なんでもない、なんでもないからっ」
ばたばたと両手を顔の前で振る。
「どこか調子でも悪いんですか?」
「いいいいやそんなことはない、そんなことはないから大丈夫だよ」
「………そうですか」
僕がそれこそ必死の思いで浮かび上がらせたつぎはぎだらけの笑顔に、それでも、天野さんは安心してくれたようだった。
(はあ…、なんか最近こういうのばっかりだな、僕)
いつも――女の子のことがからむと特に――僕は妙に浮ついた気分になってしまう。
こういうとき、沙織ちゃんだったら、
「祐くん、欲求不満なんじゃない?」
なんて笑いながらちょっとふざけた台詞で僕を
さおりちゃんはしんでいた。
(だめだ…、忘れろ。今は自分達の目的のことだけを考えろ)
自分の心が彼岸に去り行く前に、必死で目の前の現実にしがみつく。
例えその現実に猛毒の刃が光っていても、だ。
その刃は決して現実の物ではないのだから、いくら掴んだって現実の僕は傷つかない。
だから…、耐えるんだ。辛いこと、悲しいこと、やりたくはないこと、全て。
「そういえば、あの子犬はどうしたんだっけ」
すこしでも気を紛らわせるために天野さんに話を振ってみる。
「え、ピコのことですか」
「うん」
自分で名前をつけた子犬。
少し前までじゃれ付いてきてすこし鬱陶しくも思った子犬。
いなくなったらなったで、寂しくも思う子犬。
…たぶん、逃げていった子犬。
「朝、あの人を殺す前に私が逃がしてあげました」
「そう、か…」
やっぱり逃げていったのか。
僕は少しだけ安堵し、少しだけ落胆した。
「これから、どうしましょうか」
「そうだね…、僕たちの目的は人探しだから、人のことは人に聞くのが一番だと思うんだ。もうピコもいないし」
「私も同意見です。けど」
「けど?」
「…この状況下で、そもそもまともにコミュニケーションが取れるのか、心配なんです」
「つまり、あの二人がいきなり凶器を振り上げて襲ってくるかもしれないってこと?」
「はい」
「その点なら、心配しなくてもいいよ」
「どうしてですか?」
「一応、僕も男だしね。それに」
見ててごらん、と言って、僕は右手首をひゅんっと前に振った。
次の瞬間、ぱぱんと乾いた音を立てて、狙った場所の木の葉が二枚落ちた。
「…少しは、この武器の使い方も解ってきたんだ」
「………」
「こうやって、目潰し。時間稼ぎなら十分だと思う」
天野さんは、驚いたような無表情で落ちた葉っぱを見ていた。
「今の、どうやったんですか?」
「種明かしをするとね」
皮手袋の上から中指に巻いたピアノ線を、できるだけ速く手繰り寄せる。
「…ほら、先のほうに小さな石が括りつけられているだろう?」
「この石を使って、木の葉を落としたんですか」
「まあ、人間、やる気になれば大概の事はできるってことかな」
ピアノ線をしばらく手のうえで玩び、それから手の甲側に収めた。
「いつ練習したんですか?」
「昨日の夜、緊張して眠れなくてね。コツをつかんだらすぐに寝ちゃったけど、あの時は」
「それじゃあ、行きましょうか」
「うん。僕が先に行くから、天野さんは後からついてきて」
「わかりました」
そう言って、僕らは隠れていた茂みから外に出た。
向うの二人が驚きの眼で僕たちのほうを向いた。
僕は両手をあげて戦う意思のないことを表現する。
二人のうちの一人が、もう一人を庇うように前に出てくる。
「…誰よ、あんたたち」
女の子にしては妙にドスの利いた声で、先程のツインテールの子が言った。