笑み
笑えることはいいことだ。
嘲笑の類いとは違う、真の笑顔。
喜び、楽しみ、そういった笑顔。
浩之が浮かべた笑顔は、まさにそれだった。
笑顔は人の心に安らぎと希望の光をもたらす。
どんなに辛い状況でも、その強さをもって、周りを安心させることのできる人間がいる。
それは、ずっと昔から、そうだった。
「笑える強さがあるのなら、少年、君はもう大丈夫だ」
蝉丸は浩之に告げた。
「何のことだかわかんねーよ。何がいいたいんだ、あんたは?」
蝉丸を睨み付ける。その目には、殺気はこもっていなかった。
「君は先程、自分を保つ為には『殺す』しかないと言ったな。
今もそうか? 本当に『殺す』ことしか見えないのか?」
違うだろ、とでも言いたげに、蝉丸が問う。
『殺す』感情が涌かないという事実。あの悪夢。
最後に呼んだ名前。あかり。
今まで自分がやってきたことと、その重さ。
正面から、向き合って。
聞こえてきた言葉。
(浩之ちゃん。本当は優しいから)
「俺はさっさと帰りてーんだよ。
――あかり達と、一緒にな――」
たったそれだけの言葉を言うのに、長い、本当に長い時間がかかった。
「そうか」
変わらぬ口調で蝉丸は言った。
何を思っているのか、浩之にはわからなかったが、どうやら非難されてはいないらしい。
「あぁ。気付かせてくれてありがとな、おっさん。
お人好しもいいとこだ」
本来の浩之の、あの独特の笑み。
「む」
「じゃあ、俺はそろそろ行くぜ」
銃を含む自分の荷物を持ち、浩之は立ち上がった。
「気をつけてね〜」
今だに面を被ったままの月代が言う。
「あんたもその顔。なんとかした方がいいぜ」
からかうように言った。
「これからどうするのだ、少年?」
「そうだな……」
「君は相当に人を殺めているのだ。その姿が誰かに見られている可能性も大きい。
協力者は期待できないぞ」
蝉丸の忠告が飛ぶが、そんなことは承知の上だった。
もとより、見ず知らずの協力者を期待する方が間違っている。
だがそんなことは、今言うことではない気がした。
「わーってるよ」
言って、空を見上げる。あの広い大空を。
「とりあえず、安心させてやりたい奴がいるから。そいつを探す。
その後は。その時に決めるさ」
「そうか」
「おっさん、名前は?」
「坂上蝉丸だ」
「変な名前だな」
「む」
浩之の失礼な台詞に、多少ムッとした顔をする。
「俺は藤田浩之だ。じゃあ、世話になったな」
今までとは違う未来へ進む。
その為の一歩を、今、踏み出した。
人を人とも思わずに殺した過去を、受け止め。
その上で、あいつに会おう、笑ってやろう。
さっきまでは全然思い出しもしなかった、自分の殺した人達の顔がよぎる。
(自分勝手で悪いが、あんたらを殺した責任はきちっと取るぜ。
絶対に、今までとは違う方法で、生き残ってやる。
女医さんよ――あんたに助けられた命、無駄にはしないよ。
あんたは医者の鑑だぜ)
空を見る。
聖が苦笑を浮かべていた、そんな気がした。