傍にいたいと願うこと、そして別離。
――待たせた罰は二時間。
……私は七年待ったけど、祐一は二時間で許してあげるよ。
あの雪の日。名雪は自分を置いて遠いところへ行った少年にコーヒーを差し出した。
「遅れたお詫びだよ。それと……再会のお祝い」
だけどその缶コーヒーには、言葉にならないもうひとつの想いが込められていた。
『もう、私を置いて遠いところへ行かないでね』
――七年ぶりの再会には、そんな意味も込められていた。
「おねえちゃん達も、ありがとう。ぽちをよろしくね……ばいばい」
それは別れの言葉。名雪は精一杯みちるの名前を叫ぶが、
その声がみちるに届く前に彼女の姿は消えた。
後には、ぽちと名付けられた白蛇が残るだけだった。
「消えちゃいましたね……」
「うん」
忽然と姿を消したみちるの安否を気遣って、名雪と琴音は沈んだ表情で語り合う。
秋子が二人にお茶を淹れてくれたが、名雪はあまり飲む気になれなかった。
手をつけず、じっとカップを見つめるだけの名雪に、琴音が心配そうに話しかける。
「名雪さん? ……顔色が悪いようですけど、大丈夫ですか?」
「ん? あ、だ、大丈夫だよっ」
名雪は心配無い、と言う風にぶんぶんと手を振る。
「……そうですか?」
怪訝な顔をしながらも、琴音はそれ以上は問い質しはしなかった。
今までは、お母さんがいてくれるから安心だった。琴音ちゃんや、みちるちゃんも一緒にいてくれた。
でも、ここを人が訪れるにつれ、名雪の心の中に言い様の無い不安が押し寄せてくる。
もし、お母さんがいなくなったら? 琴音ちゃんがいなくなったら?
現に、みちるちゃんは消えてしまった。お母さんたちもそうならないという保証がどこにあるだろう?
もう、一人はいやだよ……。傍にいて欲しいよ……。
……祐一……。
――名雪は意を決して、ずっと考えていたことを秋子に打ち明けた。
「ねぇ、お母さん。……私、祐一を探しに行ってくる」
「ダメよ、名雪。危険だわ」
秋子はいつものように了承しなかった。めったにないことに、名雪も驚きを隠せない。
「でも、祐一も私たちと一緒にいたほうが良いと思うよ。お母さん、祐一が心配じゃないの?」
「勿論、心配だわ。でも名雪。私は、あなたを危険な目に遭わせたくないの」
「……」
「お願い。これ以上お母さんを困らせないで」
優しい微笑みを浮かべて、秋子は名雪を諭す。が、その口調には有無を言わせない迫力があった。
「さ、お腹空いたわね。……琴音ちゃんも、何か食べる?」
はい、と気まずそうに答える琴音。秋子は了承、と答えると名雪たちに背を向ける。
その時だった。
「お母さん、変だよ。前のお母さんなら、私が心配だからと言って祐一を放っておいたりしないよ」
「……名雪?」
「お母さん、この島に来てから変わったよ。……私、今のお母さんは嫌だよ」
困惑する秋子を、真剣な目で名雪は見つめる。
「私、祐一を探してくる。見つけたらすぐ戻って来るから。……行ってきます」
「ダメよ、名雪っ!」
秋子が叫ぶ。が、その時には名雪はもう駆け出した後だった。
「……」
困惑しながら見ていた琴音は、何も言えずただ座っているばかりだった。
「……琴音ちゃん?」
と、突然秋子が声をかける。温和な笑みをたたえたまま。
「……は、はいっ!?」
「名雪を、連れ戻してきてくれる?」
にっこりと尋ねる秋子に、只、琴音は頷くばかりだった。
「ありがとう。それじゃ、お願いね」
慌てて飛び出す琴音を見ながら、困ったわ、という表情を見せる。。
――せっかく、祐一を探しに行こうなんて言い出さないために、往人に人物探知機を譲ったというのに。
「……難しい年頃ねぇ」
秋子はそう呟いた。