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水の中の、戦い


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藤田浩之は、ようやっと森の出口を見つけ、ほっと安堵の息を吐いた。
ここまで誰にも遇わずに済んだのは、幸運としか言えないだろう。
(待ってろよ、あかり…。…委員長も)
今までの黒々としたものが、もうなくなっていた。
誰かを蹴落として、殺して、独りだけ生き延びる。
そんなのは俺のやり方じゃないと、どうして最初から気付かなかった?
級友を、見知らぬ者を、助けをくれた者を、俺は殺した。
それは大罪だと、今は、痛いほどにわかっている。
だから、俺は生きる。
その罪をなかったものにはできないから。
俺が、忘れない。そして責められる限り、この罪は消えない。
許されたくはない。許される筈がない。
正当防衛ではなかった。俺は望んで、人を殺したのだ…。
森の切れ目から川が、見える。
誰も居ない事を確認して、川辺へ足を踏み入れる。
水は綺麗だった。月代が汲んできた水もここのものだったのだろうか?
浩之は、水を口に含む。そして、少し深くなっているその川に頭を突っ込んだ。
顔も髪も汗と汚れ、血で汚れていたから、それを落とすために。
その瞬間、気配が、動いた。と、いうより唐突に現れた、そんな感じだった。
浩之は誰のものともつかない、その気配に顔を勢いよく上げ、頭上を見た。
目が、合った。冷たい、目。
浩之のあげた水飛沫にピクリとも動かぬ、人の物とは思えない、その目。
幸い、萎縮はしなかった。ただ、悲しくなった。酷く、酷く悲しい気分だった。
浩之はわかってしまったから。この女性も、このゲームに乗ってしまっている。
そう、直感したから。
「勘がいいのね…。気配、消していたのに」
口元も表情も慈愛の顔をしているのに、冷たい、美しい女性…柏木千鶴。
気配を消して、贄を待っていた、魔獣。
「俺を殺すのか?」
あんた、前までの俺と似たような匂いがするぜ…、いいかけて止めた。
止めざるを得なかった。
長い髪の美しい女が、浩之に攻撃を仕掛けて来た為だ。
ヒュッと、風を切る音と共に長い爪が頬を掠る。避けていなければ耳くらいは持って
いかれていた…いや、死んでいただろう。

「これが、答えよ」
冷たい声が響く。やはり、と浩之は唇を噛む。
「アンタ、それで満足なのかよ!」
必死に攻撃をかわしながら、浩之は叫んだ。全身の傷が痛む。そして、心も。
ダメだ。アンタ、そんに風にしてたら、俺みたいに、俺みたいになっちまうよ!
「大切な人を守る為なの。だから、満足よ。…それに」
言いさして、一撃。失われていない、千鶴の左の爪が、浩之の腕を掠る。
「貴方、血の匂いがするわ。一人、二人じゃないわね?殺したのは」
ピクリ、と浩之の動きが止まる。千鶴はそれを待っていたかの様に爪を繰り出す。
だが、それで勝負はつかなかった。



千鶴は意図して少年の言葉を聞き入れなかった。
甘言にさそわれるのも、改心をもとめられるのも嫌だった。
そして、その声を聞き入れたくない一番の理由は、彼の体に、心に染みついている
血の匂いだ。
それは、一人や二人ではない。もっと…沢山の。
これから、自分に染みつく、…匂いだ。
だから、少し意地の悪いつもりで言った。そして、聞きたくない言葉の牽制に。
「貴方、血の匂いがするわ。一人、二人じゃないわね?殺したのは」
そして、この台詞で、少年の動きが止まることも予測していた。
この少年が、千鶴に説得を試みているのはわかる。
が、甘言で千鶴を殺そうとしているのかもしれない。そう、疑い出せばキリがない。
(だから、私は……貴方を、殺します)
突き刺すように繰り出した、爪。
それで勝負はつくと、思っていた。
完全に少年の、浩之の心臓を捉えていた。
だが。
彼はそれを受け止めた。
片腕を犠牲にして。
「なっ…!」
肉深くにまで達した爪は、するりとは抜けない。
「…もう、やめろよ。こんなこと…」
全身の痛みが酷い。腕が熱い。でも、やめられなかった。言葉をとめることは
出来なかった。
自らの腕に突き刺された、その爪を、黒髪の魔獣を離さないように、浩之は
掴んで離さない。

その、掴んだ手から、指先からも血が滴り落ちる。
「俺、殺して、沢山の人殺してさ。凄く辛かったから」
「……離しなさい」
「苦しいぜ?凄く、アンタが誰か大切な人を守るなら殺しちゃ、ダメだ」
目が合う。浩之の、悲哀に満ちた、その目が。
「綺麗事いわないで!貴方殺してるんでしょ!?沢山の人を!それでお説教です
って?…笑わせないで」
目は、伏せなかった。反撃がくるかもしれない。だから、恫喝する。
わかっている。それは、弱点だ。人を殺すこと、人の死は、何よりも苦しく痛い
とこを千鶴は知っている。知っているから。
「アンタ今、凄く悲しい顔してるよ。誰も死なせたくないのは皆、皆一緒なんだ。
皆、わかってても、弱いから、自分を守る為に、大切な人を守るために殺さなくちゃ
って誰かを殺す。…俺は、多分一番弱かったから、殺した。級友を見知らぬ人を
助けてくれた人を」
「……そう。わかっているなら…。離しなさい!それで私に殺されなさい!
私は弱いの。わかってるわ。主催側の甘言に乗った時点でそんなことは、わかりきって
いたのよ!」
鬼の本能が、能力をセーブされていることで弱まっている。人の心の方が、比重が大きい。
(だけど…!)
千鶴は、それを認めた上で浩之に攻撃をくわえるべく、蹴りをその腹部めがけて繰り出した。
「ぐァぁッ!」
爪が自らの手に、まだ3本残っている事を確認して、千鶴は蹴り飛ばした浩之に歩み寄った。

【藤田浩之・柏木千鶴戦闘中】

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