水の中の、戦いが終わるとき


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「私は、決めたのよ。決めたの」
浩之に歩み寄りながら、千鶴は囁くように言い含む。まるで、自分に言い聞かせるかのように。
「私はどんなに汚れても、構わないと。そう、例え愛する人達に顔向けできなくなったとしても、
よ。それがどれ程のものか、私は知ってるわ。だって、私は日常でも、人を殺そうとしたことが
あるんですもの……」
「…そんなに、悲しいのにか?そんなに苦しいのにか?…気付いてるのかよ、アンタ、…泣いてる」
千鶴の目から、雫が滴る。頬を伝わり、浩之の頬の上に、落ちた。
「そうよ。どんなに、どんなに苦しくて、悲しくて、どうしようもなくなっても、私はそうしなきゃ
いけないの。これが、私の宿命。鬼の血を引く者のね。どうしても、殺戮はさけて通れないのよ。
そうやって、私達は生きてきた。制御ができなくて、人をあやめることに苛まれ自殺した者も多いわ。
私の父も、よ」
一度言葉を切り、涙は拭わずに、瞳を閉じ、開ける。
「だけど、私は彼らほど強くないの。人を殺して生きていたくないと思えるほど強くないの。
どうせ、どうせ死ぬなら。大切な人達を守りたいの。心の自殺なのはわかっているのよ。でも。
でもね。私は、それを引き替えても、そうしてもあの子達を守りたいの。人を殺して恨まれても、
呪われても」
もう、千鶴は泣いてなかった。浩之に、言い、聞かせることで自分の決意を強めた。
偽善的過ぎる理由付けだけれども、納得していた。
「……アンタ、強いな。俺、アンタになら殺されてもいいかも。美人だし」
浩之はそう言って少し笑った。蝉丸達に、見せた、あの、笑顔で。
「ただ、ちょっと待って欲しいんだ。一言、謝りたい、大切な人がいるから、こんな俺でも、な。
だから、そいつらに一度だけ、一度でいいから会いたいんだ。それまで待って欲しい」
それに、と浩之は付け足していった。
「この怪我じゃ、アンタに殺されなくても死にそうだしな。わざわざ、アンタが手を汚す必要は
ねぇと思うし、俺が会いたがってる奴…あかりっていうんだけど、すげえ、可愛いヤツなんだ。
アイツには絶対いわねぇけど。アイツんとこ行く前に、俺、誰かに殺されるかもしれないし」

「…………わかったわ」
浩之が口を閉じて数秒の沈黙のあと、千鶴はそれを了承した。
確かに、この怪我では、生き残れない可能性が高い。だとすれば、大切な人に会いに行くことを
止めてまで、そうしてまで今、ここで…私が殺す必要はないのかもしれない。
「ただ、悪いけど、その爪返してくれないかしら?」
「ああ、わかった」
これは、お互いに賭けだった。
千鶴にしてみれば、抜いた爪を武器に、浩之が反撃をするかもしれない。
浩之にしてみれば、抜いた爪を渡した途端殺されるかも知れない。
この、猜疑心がこのゲームの一番の敵だ。
理性では、そんなことはないと思っても、恐怖心は消えない。
(全く、クソッタレたゲームだぜ)
その計略に嵌った自分が呪わしい。だから、今は、この人は、例え裏切られても信じよう。
そうすれば、強くなれる。強くなれる、気が浩之にはした。
浩之がやっとの思いで爪を抜くと、千鶴は自らのスカートを切り裂いて浩之の手当をした。
「…………」
浩之は黙ってされるがままになっていた。千鶴も、何も言わなかった。
この時、互いに信頼が生まれていたことに千鶴も浩之も、あえて口にしなかった。
「じゃあ、俺、行くから」
浩之がそう告げると、千鶴は「ええ」とだけ答えて、付け加えた。
「名前、教えてくれない?」
「藤田浩之。つっても、次でこの名前聞くときは放送かもしれないな」
「…そう、ね。そうならないことを祈りたいわ…私が言うのも、変ね」
千鶴は、小さく笑った。
人の、微笑み。
「なんだ、笑った方がいいじゃん……えっと…」
「千鶴、柏木千鶴よ」
くす、と笑ったまま千鶴が答える。
「私が言うのも、何だか変だけど…気をつけて」
「ああ、千鶴さんも、な」

【藤田浩之・柏木千鶴 戦闘終了】

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