白い、決意。


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015杜若きよみ(白)は森の中を彷徨っていた。
(困ったわ……)
鞄の中に食料はもうない。途中黒髪の女性と出会った以外、幸か不幸か誰とも
会うことはなかった。
(蝉丸さん……会いたい…)
彼女の知る者は蝉丸、そしてもう一人の自分「クローン・黒きよみ」しかいない。
時代も眠っている間に流れ流れてしまった。
孤立。そう、彼女は孤立していた。
元来、お嬢様であったきよみは、森を歩くことも、ましてやサバイバルなど
縁遠いものだった。
木の実などを食べる知識もなく、方向感覚も殆どない。地図はあれども、意味
をなさない。
(どうしたら……いいのかしら?)
当てもなく森を彷徨っていても解決策がみつかるわけではないかもしれない。
立ち止まり、座るに丁度いい石の上に行儀良く座り、バッグの中身を改める。
入っていたのはもう少しで空になりそうな、水の入ったペットボトルとパン
の入っていた袋、地図、そして、4/4とかかれた謎の円盤、そしてハンドマイク。
武器になるものは何もない。つまりは、外れのバッグだった。

(私は、一度死んだようなものなのに……何故かしら、怖い)
弥生と遭遇した時、実際きよみは少しばかり、恐怖を覚えていた。
知らない時代の女性。
誰かを捜していた。その情報をつかむため、今も奔走しているのだろうか?
協力を仰げば良かったのかも知れない。
でも、そうするには、時代の隔たりは大きかった。
こんな状況で、「殺し合え」といわれて、見知らぬ時代の見知らぬ女性に
協力を仰げるほど、きよみに話術力はない。
下手を打って側にいて、いつ殺されるともわからない。
そう、戦争だ。
(私の、生きていた時代と同じ…)
人が人と殺し合う、血で血を贖わねばならぬ、状況。
(いつ、殺されてもおかしくない……)
それでもいいか、という程、命は安売りできるものではない。
自分の命は、そんなに簡単に捨てていいものじゃない…。
甲斐甲斐しく、私の面倒を数十年も、苦汁をなめながら看てくれた弟。
私の為に戦ってくれた蝉丸さん、光岡さん…。
彼らをないがしろにしていいわけがない。自分自身の命は、彼らが守って
くれたものなのだ。
(そう。…そうだわ)
独り、こくりと頷いて、きよみは歩き始めた。
その視線の先には、ある程度の高さのある建物が、木々の切れ目から覗いて
いた。

(戦える術も、生き残る術も、私独りにはない…)
きよみ(白)は森の木々の間から覗く建物を見上げながら、走った。
あまり走ったことがないきよみに、ペース配分など、知る由もない。
(どうして、どうしてこんなことになったの?)
苦しい息の中、懸命に走って走って、その中で思考する。
(平和に、なったのではなかったの?どうして、また戦いが起こって
いるの?)
きよみにしてみれば、戦争中に病を患い、目が覚めていたら数十年
も立っていて、町は平和を取り戻していた。
浦島状態だった。
でも。
(でも。町は平和だったわ。国全体が、平和だった筈なのに)
弟が教えてくれた。今の時代は、女性も政治に携わることが出来る程
に平和になったと。女性も権利を獲得して、しっかり男性と一緒に働
くこともできるようになったと。階級も何も、軍も何も、なくなっ
たと。
(それなのに)
この島では、戦いが続いている。
離ればなれになった人々。戦いたくないのに戦わせられている人々だ
って、いるはずだ。そして、勝つことではなく、平和を望む人々が、
自分以外にもいるはずだ。
放送で幾人かがもう、命を落としている。
それを嘆き悲しむ人だって居るはずだ。

途中、何度も木の幹や、石に蹴躓きそうになりながら、きよみは走っ
た。
(止めたい。この状況を、戦争を、止めたい。今の時代なら、今の私
なら、出来るかもしれない)
そう、何もしないで…何も出来ないで、ベッドの上にいた頃の自分で
は、もう、ない。
弟に、蝉丸に、光岡に、与えられた命なら、ちゃんとちゃんと出来る。
意志を持って出来ないことはないと、教えられた。私は教えて貰った
のだから…!
そういう考えの人間だっているって、他の人にもわかって貰いたい。
そうすれば、きっと誰かと協力出来るかも知れない。蝉丸や、自分の
クローンと、上手く行けば出逢えるかもしれない。
平和を、取り戻せるかもしれない。
国が、平和を取り戻したように。
危険は沢山あるけど。死ぬかもしれないけど。
何もしないで死ぬのよりは、価値があるから。絶対に…!
がむしゃらに走って、ようやっと森が切れた。
一度、立ち止まって、苦しい息を吐き出す。
もう暫くはなれた、頭上の建物を見上げ、きよみは意志を強め、鞄の
中のマイクの感触を確かめた。
「蝉丸さん、もう一人の私…どうか、気付いて…!」

【白きよみ移動中】

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