非日常の再会


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「なんで助かったんだろ…。私…」
 理奈はだいぶ経ってからふと立ち止まる。
(気絶から覚めて…。そう、目覚めることができたんだ…)
 なんで助かったか彼女にはわからない。
 茜は理奈にとどめをささなかった。今までの茜なら理奈はこの場にいられなかった。
 このささいな歯車のずれがどう影響していくのか。
 理奈の脳裏に英二の亡骸が浮かんだ。
 憎しみが上回っているはずだった。
 あの場で、かたきをとると決心したはずだった。
 兄を不安がらせないようにしたかったのだ。
 自分はしっかりやっていけると、兄に教えたかったのだ。
(お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん……)
 涙が止まらない。
 兄の元から離れて、我慢していたものが噴出した。

 手の小型カラオケに目が行く。立ち去る際に無意識に持ってきてしまった。
「こんなもの…。なんの役に立つっていうのよ…」
 その場にへたり込む。
(冬弥君…。由綺…。会いたいよ…。助けてよ…)
 理奈は考えていた。
(自分はこんなに弱い人間だったんだ…。
 いつもの私は偽者なんだ…。
 さっきだって兄さんのことをお兄ちゃんって…
 こんなんじゃかたきなんてとれない…
 子供みたいだよ…。子供みたい…)
「うぐっ…。う…ぇ…」
(冬弥君…。由綺…。会いたいよぉ…)
 涙を止めるのはもうあきらめた。
 子供でもいい。子供扱いされてもいいから誰かに慰めて欲しかった。泣きつきたかった。
「理奈ちゃん?!」

「えっ!」
 理奈にはその声が誰のものかわかる。
 森川由綺。彼女が今、最も会いたかった人間の一人。
 反射的に顔を向ける。
 そこに由綺がいた。
 駆け出す。そして抱きついた。
「り…理奈ちゃん?! ちょっと…」
「由綺! 由綺! うっ…あ……」
 由綺は当惑する。理奈が自分に泣きついてくるなんて考えてもみなかった。
 気丈な理奈が。
 由綺は理奈の頭をなでる。
 右手にはニードルガン。左手でなでた。
(可愛い…)
 彼女は泣きついてくる理奈が無性に可愛く思えた。
「理奈ちゃん」
 理奈の涙を舐めとってあげる。
「おいおい」
 冬弥が声をあげた。
「仲良いな」
「冬弥く…ん」
 理奈がやっと冬弥の存在に気づく。
 自分の最も会いたかった人間は2人。その両方に一度に再開できていたのだ。
 会いたかった人間…。
 触発されて彼女は兄のことを思い出す。
「冬弥くん…。兄さんが…。お兄ちゃんが…。」
 今度は冬弥に抱きつこうとする。
「?! 英二さんが?」

カチャリ

 冬弥に近づこうとした理奈の頭へ、ニードルガンの銃口が向いた。

「冬弥くんに何するつもりよ」
 冷たい声がその場に響く。
 理奈は耳を疑った。
 でも声は確かに由綺のもの。由綺が銃口を自分に向けている。
 おそるおそる顔をそちらに向ける。
 わけがわからなかった。本当に…銃口が自分に向いている。
「冬弥くんは私が護るの。理奈ちゃん何しようとしたの? 殺しちゃうよ?」
(そんな…)
 理奈は冬弥に抱きつきたかっただけなのに。
 彼の胸で子供のように泣きたかっただけなのに。
「由綺。殺したいのか?」
 冬弥の声。なんという非日常的なセリフだろうか。
「うん。理奈ちゃん冬弥くんになにかしようとしたもの」
 その返事も、また…。
(え、え、え?!)
 理奈が二人から離れるように後ずさる。
「そうか…。由綺が殺したいのなら…」
 冬弥が一歩理奈に近づく。
「由綺が殺す必要はない。俺が殺そう」
 手には特殊警棒。
(由綺を説得するのは無理だろう)
 冬弥は思った。
 一度殺意を持ってしまったらもう手遅れだ。
 理奈はどのみち由綺が殺すだろう。ささいなきっかけで。
 なら由綺の手をこれ以上汚すことはない。
「今の俺達に近づくな」
 冷たい言葉。特殊警棒を大きく振りかぶりながらのセリフ。
(そ…そん…な…)
 理奈はとっさに森の奥へと向かって駆け出した。
 冬弥の警棒が大きく空を切る。
「もう二度と近寄らないだろう。深追いはしないぞ」
 由綺に言った。理奈を殺さないための口実だった。
「冬弥くんが危険な目にあったらやだもん。いいよ」

 周りの木が勢い良く背中の方へ流れていく。
 走る。走る。走る。
(なんで?! なんで?!)
 自分は甘えたかっただけなのに。
(みんな狂ってる。さっきの女だけじゃない。みんな狂ってるんだ…
 殺される殺される殺される。殺さなきゃ兄さんみたいに殺されるんだ)
 冬弥の遠まわしなやさしさに、彼女は気づかなかった。

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