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『……ろしあってくれたまえハハハハ――』
「ん〜……ふわぁ〜」
 島中に響き渡る高槻の定時放送により、佳乃は夢の世界から引き戻された。
「なんだかよく寝た気がするよぉ……あれ? ここ、どこ?」
 キョロキョロと辺りを見回す。
 そこは神社だった。朝の太陽の下、鳩が何羽か日向でひょこひょこ歩いている。
「鳩さん、おはよ〜」
 佳乃が近づくと、鳩たちは一斉にそそくさと飛んで行ってしまった。
 それを残念そうに見送ると、佳乃は頭をぶんぶんと振って、昨日のことを思い出していた。
(おかしいなぁ、昨日は確かボディーガードメイド1号さんと一緒に……あれ、一緒にどうしたんだっけ?)
 夜、民家に侵入して、そこで梓と交代で見張りをすることになり、自分がまず見張ることになって……と、そこまでは覚えている。
 佳乃は首をひねったが、そこから先はどうしても思い出せなかった。
「ま、いいよねぇ」
 それで簡単に片付けてしまうと、今日のこれからの行動について考え始める。
(やっぱり、まずお姉ちゃんを探そうっと。メイド1号さんにもまた会えるといいなぁ)
 佳乃は、目覚まし代わりとなった放送に、姉の名前が含まれていたことを知らなかった。
 そして、それは佳乃にとって幸運だったのかもしれない。
「じゃ、出発だよぉ〜」
 景気づけに右腕を高々と挙げる。黄色いバンダナが、風に揺れた。
 と、ちょうどその時、神社と下界を結ぶ石段の下からコツコツと足音が聞こえてきた。
 昇って来たのは、きよみ(黒)だった。
「おっはよ〜、キレイな黒髪さん」
「……動かないで。服の下から狙ってるわ」
 きよみのスカートのポケットが不自然に膨らんでいた。
 フェイクである。実際は中で指を二本、前に突き出しているだけだった。
 マナに指摘されたことを活かしてみた、ということだ。きよみは少しおかしくなった。
(さっきの生意気な子といい、この頭軽そうな子といい、妙なのばっかりに出くわすのね。
 まぁ、もう何十人も死んでるらしいし、殺人鬼みたいのに会うことを思えば運がいいんでしょうけど)
 そう考えたところで、少し反省する。目の前の少女が、殺人鬼でないという保証はどこにもないのだ。

 ――そういう甘いトコ、なんとかしないと早死にするかしら。
 そう思って、改めて佳乃のことを見てみたが、やっぱりそんな風には思えない自分に苦笑するのだった。
「あ。そういうことしちゃ、いけないんだぁ」
 佳乃は至ってのんきに言った。
 少なくとも、一般的に銃を突きつけられている――少なくとも本人はそう思っている――人間の態度ではなかった。
 きよみは少し苛立ちを覚えた。意識的に冷静な口調を作り、言う。
「ふざけないでね。私は本気よ」
「ううん。そんなことないよぉ」
「なんで――!?」
「キレイだもん」
 佳乃はにへーっと笑った。思わず言葉を失う。
「だから、君は人殺しなんかじゃないでしょ。ね?」
(……私って、なんか呪われてるんじゃないでしょうね……)
 きよみは深い深い溜め息をついた。
 これ以上この娘の相手をしていても時間の浪費だ。結論はマナの時と一緒だった。
「……もういいわ、私は行くから。拾った命、せいぜい無駄にしないことね」
「あっ、君、右手!」
「え?」
 きよみはポケットから手を抜くと、しげしげと見つめた。何の異常もない、いつも通りの手だ。
「右手がどうしたのよ」
「やっぱりウソだったねぇ」
 佳乃がクスクスと笑う。

 立ち尽くすことしばし。ようやくその意味に気づき、きよみは自分の頬が熱くなるのを感じた。
(……なんか自分がすごいダメキャラのような気がしてきたわ……)
 あの生意気な子のみならず、目の前のどう見ても頭の弱そうな子にまで看破された。
 きよみは半ば真剣に生きていく自信をなくしていた。文字通りに生き残るという意味のみならず。
「ほら、じゃあ行くよぉ」
 落ち込むきよみの手を、佳乃が握った。
「誰が?」
「君が」
「誰と?」
「私と」
「どこに?」
「それは今から考えるんだよ〜!」
「わ、きゃあっ!?」
 言うなり、いきなり石段を駆け下り始めた佳乃に引っ張られ、きよみは危うく転びそうになる。
「ちょっと、何するのよ!?」
「一人よりも、二人の方が楽しいよぉ、きっと!」
「そ、そうじゃなくて!」
 強引な佳乃に引きずられるようにしながら、実のところきよみはそれでもいいかな、と思っていた。
 諦めというのももちろんあるのだが、この佳乃という少女と一緒にいて不快な気持ちはしなかった。
「よし、じゃあ君を『おまぬけさん1号』に任命するよぉ!」
 きよみは、取り合えず佳乃を石段から突き落とすかどうかを本気で考え始めていた

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