堕ちる道化
すう、と空気が冷え込み、湿度が上がる。
流れる音はさらさらと。
それは、この地に流れた血潮のように。
さらさらと、さらさらと。
絶えることなく、ざわめいていた。
ちゃりん、かちゃりん。
硬質の異音が重なる。
無人の川に混じる有人の証が。
酷く虚ろで、禍々しく聞こえる。
ちゃりん、かちゃりん。
時折閃く反射光の眩しさが、それを刃物だと知らしめる。
近づけば微かに足音が聞こえる。
半ば呆けたような憑かれたような、刃物よりも危険な顔が見てとれる。
さらさら。
『り…理奈ちゃん?!』
かちゃりん。
弄んでいた刃物を、ぴたりと止めて握りこむ。
林道の木漏れ日が、さながら教会の狭間窓のように彼を照らしている。
下を見やれば河原道。
さらさらさら。
『兄さんが…。お兄ちゃんが…』
見える。知った顔は居ない。
さらさらさらさら。
『?! 英二さんが?』
(理奈?英二?)
凍結させていた思考を渋々回転させる。
そしてようやく、あの男の台詞を思い出す。
道化さながらに、ころりと騙された自分を思い出す。
「緒方-----理奈?兄さん?」
呟いた一言が、ぽんと背中を押していた。
住井護(051)はナイフを携え、崖を飛び降りる。
迷い無く。
涙無く。
暖かな想い出も、悲しさも届かぬ、地獄の底へと彼は落ちて行った。
川の音は、もはや聞こえなかった。