再会
江藤結花(009)と長谷部彩(071)は、昨晩来た道を逆にたどりながら再び森の中に入った。
しかし昨日の疲れがまだ残っていて、足取りは鈍い。
夜中にトカレフを拾って遠方の敵への備えは出来たとはいえ、女二人ではいささか心細
い。森の中の小道を、そろりそろりと進んでいく。
どれくらい歩いただろうか、道のはるか前方にわずかに人影が見えた。
「誰か来てる。隠れましょ」
二人は物音をたてぬよう、道ばたの草むらに身を隠した。
結花が、注意深く草むらの中から目を凝らす。
一人は三角頭巾をかぶったおとなしそうな女性、もう一人はピンク色の長髪の少女……
ピンク色?!
次の瞬間、結花は弾け飛ぶように駆けだしていた。
「スフィー!」
少女は一瞬の出来事にビックリしたが、その姿がはっきり見える距離まで来ると、
「結花さん!」
そうつぶやくと、トタトタと走り寄った。
「会いたかったよぉ…、寂しかったんだから、もう…」
スフィー(050)に抱きついたまま、結花は泣きじゃくっていた。
「こんなに小さくなって、大変だったでしょう…」
「結花さんも、無事だったんだね」
幾日ぶりの再会を体いっぱいに味わっていた二人の後方では、
「………」
「はじめまして…」
彩と来栖川芹香(037)が静かに挨拶していた。
4人は草むらに一列に座った。幸い道から見て窪地になっており、少々のことでは見つ
からないはずだ。
簡単な自己紹介の後、それぞれスタートからここまでの出来事を話し始める。
結花と彩が出会ったときの話、夜中に銃を拾おうとして危うく刺されそうになった事。
スフィーがリアンを助けに社に行き、結界を破ろうとした最中に牧村南に邪魔された事。
ここまでほとんど話しに加わらなかった彩が、突然つぶやいた。
「牧村…南…、南さんが…。嘘、嘘でしょ…」
「………?」(ご存じなんですか?)
「南さん…、簡単に人を殺めるような人じゃない。私の知っている南さんは、ルールを
守らない人には厳しいけど、普段はとても親切な方です。なのに、どうして…」
「そうなんだ。でもね、社で私たちを襲った時はとてもそんな風には見えなかったよ」
「そう…ですか…」
肩を落とす彩。
「うん、それで芹香さんと夜通し逃げてきた、ってわけ」
「それでねスフィー、そんなに小さくなっちゃったのは、その結界とかを破ろうとして
魔力を使ったから?」
「うん、でもそれだけじゃないんだ。けんたろが死んじゃった後も、この腕輪から魔力
が抜けているの」
「外せないの?」
「外すのにも魔力を使わないといけないから…」
そのとき不意に、
「………」
「えっ、芹香さんが?」
「………」
「黒魔術?」
「………」
「な、なんだかよくわからないけど、とにかくお願いします」
結花と彩を後ろに退けさせると、芹香は静かに目を閉じ、なにか呪文のようなものを唱
え始めた。そして3分ほど経っただろうか、
ビリッ、ビリッ…
スフィーの腕輪から音が聞こえだしたかと思うと、
パリン!
鋭い音を立てて、腕輪が真っ二つに割れた。
「あ……」
スフィーは喜びたい反面、ちょっと後ろめたい気分も感じていた。健太郎との思い出の
品でもあった割れた腕輪を見つめながら、小声で、
「けんたろ…、ごめんね」
そうつぶやくとそれを拾い上げて、
「ね、これ持ってたままでもいいよね。けんたろの事、忘れたくないから」
「そうね」
「うん、これでもう大丈夫。あの後芹香さんから魔力を少しずつ分けてもらってたから、
もう少しすれば体も大きくなるよ、きっと」
「ね、ところでスフィーの武器って何?」
スフィーは鞄から厚い本を取り出した。
「なんだか魔術書みたいなんだけど、よくわからなくて…」
結花はスフィーから渡された本をパラパラとめくってみた。
「あのさ、グエンディーナの魔術書って、日本語で書いてあるの?」
「えっ? そんなことない…よ」
今度は芹香が本を手に取る。
「………」
「ほら、芹香さんも<これは魔術書なんかじゃありません>って言ってるよ」
「は、ははは…」
スフィーは苦笑いするしかなかった。
「ほら、魔力が抜けてたから、必死だったんだよ、ね」
「………」(私に同意を求められても…)
その場が一瞬和んだ。
「う〜ん、こればっかりは私たちが何とかするしかないわね。芹香さんは社に荷物を置
いてきたままみたいだし」
「牧村南の武器って手裏剣なの、その上身のこなしも早くって忍者みたいだったんだよ。
もしここを襲って来られたら…」
「その時はこのトカレフで、バーンといっちゃうわよ! ねっ、彩さん」
「……あ、は、はい」
「う〜ん、まずはリアンたちと落ち合う事が先決、かな?」
「………」
「そっか、<南さんが追ってきているはず>かぁ…」
「その…、落ち合う場所って…、決めてあるんですか?」
「ぜんぜん。逃げるのに必死でそれどころじゃなかったもの」
「もう、とにかく動こう! じっとしてても仕方ないし、なんとかなるわよ」
結花が立ち上がった。
「うん!」
「………」
残りの3人も次々と立ち上がった。
茂みから道に戻り、芹香とスフィーが来た方向へ歩き出す。
結花の足取りは、先ほどよりもすっかり軽くなっていた。
一方、彩の足取りは依然重い。
「南さん…」
相変わらず牧村南の事を気にかけたまま。