偽りの円舞
【放送以前】
走る。
高槻を追って。
そして…駆けてゆく誰かの白い服が、前方に見えた。
パン!
「きゃあぁ!」
「っ!智子っ!」
背後からの銃弾を腕に受け、智子が倒れこむ。駆け寄ろうとする晴香。
パン!
智子を撃った兵をマルチが倒す。
「晴香さん、行ってください。保科さんは私が!」
倒れたまま、智子が叫ぶ。
「せや!早ぉ行きや。高槻は目の前やで!」
「…わかった。マルチ!智子を任せる。」
「はいっ。必ず安全な場所へお連れします!」
再び駆ける。使えるだけの「力」を駆使して、スピードを上げる。
そして…
「高槻いっ!」
目の前に、高槻の姿を捉えた。
ここは最上階。
最奥の部屋に、高槻が逃げ込む。
追いかけ、そこに飛び込む晴香。
「いた!」
壁を背にし、シニカルな笑みを浮かべている。
…ついに辿り着いた。ここまで。
銃を構える。致命傷とはならないが、深手を負わせられるように、狙いをつける。
「どこを見ているんだ。」
後ろからそう声がし、振り返る。そこには…
スタンガンを手に晴香に迫る、もう一人の「高槻」がいた。
…気がつくと、薄暗い部屋の中にいた。
両手両足を頑丈な車椅子に固定され、身動きが取れない。
「…お目覚めかな、巳間晴香。いや、C-219。」
部屋の一部にライトが当たる。
そこには、下卑た笑みを浮かべる高槻がいた。
…ずっと憎んでいた、この男を。
悪夢のような日々を思い出し、その元凶たる男の睨みつける晴香。
「そんな恐い顔をしなくても良いだろう。これでも俺は、おまえの初めての男なんだからなぁ。」
「貴様っ!」
「はっ!威勢がいいな。だが、これでどうだ。」
カッ!
高槻の背後が明るく照らし出される。
そこには…身体を拘束され、壁に張り付けられた…智子と、あかりがいた。
「嘘…。」
二人とも、衣服をはぎ取られ、裸のままだった。意識が無いようで、頭をうなだれている。
「うそだぁ…。」
「あははははは。残念だったな。おまえの仲間は、すでに俺の手の中だ。」
言って、智子に近づく。
「悔しいか。憎い男に仲間を奪われて!」
智子の胸を、無造作につかむ。
「ほう、この女、お前よりも胸が大きいな。」
「やめろーっ!」
今度はあかりに近づく。頭をつかみ、その頬に舌を這わせる。
「やめてえぇ。お願い…」
その舌を強引に、口の中に突っ込む。なすがままにされるあかり。
「コイツらは、手篭めにしようが、どうしようが俺の自由にできる。」
「いやぁ…。」
「どうだ!悔しいだろう!こんなゲスにいいようにされて!」
涙を流しながら、晴香は二人を見つめる。
「コイツらを助けて欲しいか?なら、俺を感動させてみればいい。
俺だって人の子だ。熱い友情を見せつけられたなら、情に負けて屈服してしまうだろう。」
「友情…。」
「そうだ。こいつらを救う為に…そうだな、まずは参加者を10人ほど殺して来い。」
そんな…。言葉を失う晴香。
「そうすれば、助けてやらんでもない。そうでなければ、こいつらは俺の慰み者だ。」
「……。」
「どうする。大事な仲間を見捨てるか、それとも見知らぬ他人を殺すか。」
この男は本物のゲスだと、晴香は知っている。あかりと智子が、どんな目に遇わされるか…
「…わかった。」
「ほう、では友情の為に殺人を犯すというのだな。では行け。
そしてこのゲームのジョーカーとなれ!」
外に連れ出され、自由の身となった晴香。
だが、彼女の心は漆黒の闇に拘束されていた。
…友情の為に殺人を犯すというのだな…
そう。全てはあかりと智子を救うため。
もう、最初の目的など、どうでも良かった。
もし、わたしと同じこと…いや、それ以上の過酷な仕打ちをあの二人が受けたら…。
わたしにとっては、「不可視の力」の扉をあけてしまったほどの苛烈な仕打ちを、
あの二人が受けることになったら…
「そうは…させない。」
どうせ、この両手はたくさんの、本当にたくさんの血で汚れている。ならば…
死神に身を落とすことは、運命なのかも知れないと、そう思った。
晴香のいなくなった部屋で、一人ほくそ笑む高槻。
「簡単なものだな。小娘を騙すということは。」
そう言い、ポケットから取り出したメスを、あかりの頬に突き立てる。
つーっつと、そのメスを縦に下ろす。
その下から現れたのは…量産型メイドロボットの、冷たいマスクだった。
「智子。我慢してね。」
その傷ついた肩を治療しながら、あかりが呟く。
「うん。あ、いたたたたっ!」
智子たち三人は、マルチの機転により中継基地を脱出していた。
…あの時、晴香の身体を担いだ高槻が、部屋から出て行くのを目撃した。
しかし、他の兵に遮られ、助けることが出来なかった。
かろうじて再び敵のジープを奪い、ここ…出発地点の一つである建物まで来るまでに、
高槻の放送で…少なくとも、晴香が生きていることを確認できた。
「全く…どないしよ。」
幸い腕に受けた銃弾は貫通していた。痛みは激しいが、動けないわけではない。
「どうにかして晴香を助けんと…」
その後ろでは、マルチが声を上げて泣いている。
「セリオさーん。どうして死んじゃったんですかー」
この建物の付近で見つけたセリオの死体。その上で泣き崩れている。
…こんなふうに、知らん間にわたしらの知り合いも、死んでいってるんやもんな。
「やっぱ…あいつに頼るしかないんかな…」
藤田浩之。すでにこのゲームに乗ってしまった友人。だが、本来なら一番頼りになる人物。
晴香を取り戻すためには、彼の力がどうしても必要だと思う。
…それに、晴香と同じ「不可視の力」を持つ者たち。
「とにかく、仲間になってくれる人を探して、晴香を助けるんや…」
そう呟き、窓の外。青く広がる空を見つめた。