偽りの仮面
初めての遭遇。それは玲子をおびえさせるには充分な出来事だった。
「だ、誰!?」
武器としては頼りない釘バットを両手で構え、前方を見据える。
細かに震える玲子より一歩前に出るように楓。
右手に装着された爪が不気味に輝く。
「あ、あら……」
息も絶え絶えなその眼鏡の女性、――牧村南が二人の姿を見つけ、たじろぐ。
「……」
既に戦闘モードに切り替わった楓は、いつでも動けるようグッと腰を下ろす。
鬼の力はほとんど封印されている。力も機敏さも鬼のソレの比ではない程発揮できない。
だが、幸い楓には使いやすい武器がある。
格闘戦であれば、闘いの素人相手に負ける道理は無い。その位の力の行使は可能だ。
この場合の問題はそこではない。敵の武器が楓にとって不利なもの――たとえば重火器――である時、
そして横で震える玲子だった。
「……」
玲子の前へと少しずつすり足で移動する。
相手もこちらを伺い、慎重に間合いを詰める。
それはとても長い時間だった。
それを破ったのは玲子の戸惑うような一声。
「あの…こ、こみパに……いませんでした?スタッフか何かで。」
「……こみパですか?スタッフですよ。」
少し柔らかい口調になる。場の空気が少しだけ緩やかなものになった。
「私に戦う意思はないんです……あなた達もそうなら、その物騒なもの、しまいませんか?」
南が両手を広げ、それを強調する。
「……助かったの……かな?それにしても……本当にこみパの人だったなんて…」
玲子が胸を撫で下ろしながら、本当に安心した顔をする。
「私もです。本当に世界は狭いわね……私も、別の意味で驚きました。」
二人が戦闘体制を解いても、楓は構えを解かなかった。解けなかったといったほうが正しいだろうか。
今までで一番強い黒く、嫌な予感。
「どうしたの?楓ちゃん。この人、この声、確かに聞き覚えがある。…さっきこみパの話したよね?
そのスタッフの人なんだ。毎回大きな声が通ってるの聞いてるから間違いないよ。」
楓が爪を下ろした。玲子にそう言われてはそうするしかない。
だが、爪は装備したままだった。
「えっと、お名前教えていただけるかしら?」
南は荒れた息を整えて、にこやかに笑った。
「玲子ちゃん達…そう、脱出ルートを探してるのね。」
南が話を聞き終えて感心したように呟く。
ゲームが始まり、初めての遭遇。それが殺人者でなくてよかったと楓は思う。
(でも何でだろう、この胸騒ぎ。)
楓の思考をよそに、南の話が始まった。
「私はこんなゲームのこと、よく分からなくて…帰りたいってだけ思ってたんですけど、
狂った人たちに襲われて、それで走ってたんです。」
本当に人心地ついたように南が笑った。
「詳しく話そうにも何がなんだか…この位しか分からないけれど、いいかしら?」
ゲームに乗せられ、狂ってしまった人達がいる。その事実に楓と玲子の顔が曇る。
(何で、この人は笑って話せるんだろう…)
――私のように、血に染まった過去があるわけでもないのに…
それは憶測に過ぎなかったが、ささくれとして楓の胸に波紋を呼び起こす。
「それで、お願いがあるんです…一人だと心細いので御一緒してもいいかしら?」
南の言葉に、玲子は二つ返事で了承の意を唱える。
「楓ちゃんも、いいよね。」
「玲子さんがそういうなら、私は構いません。」
確かに、この島を一人で行動するのは得策じゃない。
このまま一人にさせるわけにもいかない。
「とりあえず……周りに追ってきている気配はないみたいです。少し歩きませんか?」
楓の問いに、
「え、ええ、いいですよ。楓ちゃん、玲子ちゃん、よろしくお願いしますね。」
南と玲子が並んで歩く。こみパの話だろうか。漫画やゲームのキャラクターの名前が飛び出す。
(きっと気のせいですよね。)
楓は無意識のまま気づかない。記憶の彼方にある前世の自分が、
右手にある爪をはずさなかったことに。