復讐の女神の目覚め


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緒方理奈は、森を全力疾走していた。
(どうしてどうしてどうしてどうして!?)
自分に、銃口を向け、その照準をしっかりと合わせた、由綺。
そして、それに代わり、自分を攻撃しようとした、冬弥。
まだ、心臓がバクバクと高鳴っている。全力疾走の、所為だけでは、ない。
(酷い、酷い、酷い!)
兄を殺され、悲しみと怒りと恐怖の中で、やっと出逢えたと思っていたのに。
その安堵は、つかの間だった。
(由綺、どうしちゃったの!?何で、何で、あんな)
膝が重い。足場も悪い。これ以上走り続けるには限界だった。
「あっ!」
木の幹に足先を強かにぶつけ、転倒した理奈は、大きくでっぱった木の幹に
腹部を強打して、呻く。
その呻きは、すすり泣きに変わった。
(もう…疲れたわ…助けて、兄さん…っ)
どうなってもいいと、半ば投げやりになっていた。
兄さんは居ない、由綺も冬弥も自分を裏切った…。
腹部が、ジンジンと痛む。鼓動が、うるさい。
木漏れ日だけが、優しく降り注ぐ。今までの出来事が全部、全部嘘だったかの
ように平穏があるのに。
(なのに)
もう、兄は永遠に理奈の元には帰ってこない。
軽口を叩く兄を叱咤することも、一緒に買い物に行くことも、食事をすることも
……何もかも、出来ないのだ。
「こんなのって…こんなのってないよぉ…」
殺されるという恐怖よりも、今は腹部と心臓、そして想い出が痛く、強く、理奈
を縛り付けていた。苦しいくて切なくて、涙が止まらない。目頭が熱くて…。


ガガッ!

不意に、スピーカーの音がした。高槻の放送が始まったのだ。
理奈は地面に倒れたままの姿勢で、涙を拭うことなく、ぼんやりとそれを聞いて
いた。
兄の名が、死亡者として、呼ばれた。
「…兄さんの名前、だ」
呟いて、顔を伏せ、すすり泣く。
(私は、何をしているの?ここで、こんなところで)
悔しい。悔しかった。何も出来なかった自分が。何もしていない自分が。何よりも
悔しかった。
高槻は、美咲の名をも告げる。
(…冬弥君と由綺の学校の、先輩……)
何度か、由綺や冬弥が話して聞かせてくれた、優しい女の人。
(そう、その人も…死んじゃったんだ…)
どうしてこんなことになったのだろう。理奈は、そっと、ポケットに忍ばせていた
兄の遺品を取り出した。
(私も、死ぬのかな…)
愛おしそうにそれを撫でる。
ヒビの入った、レンズに触れ、指がら血が滴った。
(痛い……)
レンズがフレームが、自分の血で汚れる。理奈は顔をしかめて、自分の服でそれを
拭い取った。

(痛かった?兄さん…?殺されたとき、どんなだった…?)
殺されたとき。
殺された。
誰、に?
一気に、感情が爆発しそうだった。
それは、憎悪だ。
「兄さんを、殺した…あの、女」
ありありと目に浮かぶ、茜の顔。
「許さない…許さない…っ!」
自分を何故殺さなかったのかなんてわからない。
(そんなの、知らないわよ)
冬弥も由綺も、もういらない。
(今までだって、やってきたのよ。冬弥も、由綺も居ないときから、出逢う前から
ずっと、兄さんと二人で!二人でずっと生きてきたわ。その大切な大切な兄さん。
私の……一番大事な肉親を奪った女を殺すのは、由綺でも冬弥でも、ない!)
理奈は立ち上がり、睨むような一瞥を前方に向けた。
(…差し違えても、あの女だけは…私の手で八つ裂きにしてやるわ…!)
由綺と冬弥と決別したことで、理奈の殺意はこれ以上ないものになっていた。
(手負いの獣は……何よりも、獰猛だということを教えてあげる…)
その瞳にアイドルとしての輝きはなく、復讐に彩られた凄惨な笑みがあるだけだった。

【緒方理奈 移動】

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