勝機
「調子はどうだい?A-12」
ねっとりと絡みつくような声に鹿沼葉子(22)は答えた。
「まるでだめです。あの放送で逆に警戒されてしまって。」
放送とは、初日に高槻が行った放送、
003天沢郁未 022鹿沼葉子 092巳間晴香 093巳間良祐 066名倉由依
を殺せ、というものだ。
「なぜ、あの放送に私も含めたのですか?高槻様」
多少の非難を含めながら葉子は付け加えた。
「私もジョーカーの一人だというのに。」
「ああ、悪いな。」高槻は肩をすくめた。「手違いだ。」
「手違いですか…」
うそに決まっている。おそらくは高槻独断の嫌がらせだろう。
『Aクラスに手を出せないことを常々不満に思っていましたものね、この人は』
「ま、そんなとことはどうでもいいだろ?ジョーカー君。」
ニヤつく高槻に葉子は表情を変えずただうなずいた。
『そう、私はジョーカーです…あなたたちにとってのね。』
鹿沼葉子は確かにジョーカーとして働くようこの大会にエントリーされた。
かつての自分だったら、その任務を忠実にこなしていただろう。
かつての自分…母を殺し、FARGOの教義だけがすべてと思っていた自分。
天沢郁未に出会うまでの自分ならば。
一日一時間程度、一週間にも満たない日数。
そんなほんの少しの時間だけれど。
郁未と共にとる食事の時間は
FARGOをすべてとしていた自分にとってそれは輝けるかけがいのない時間だった。
『郁未さんは、そんなたいしたものだとは思ってはいないでしょうけどね。』
少しさびしげに葉子は思う。
『まぁ、私の態度も誉めれたものではなかったけれど。』
それでも、郁未は自分のことを友達と呼んでくれたし、その友達に…
葉子は天沢未夜子、自分と同じジョーカー、のことを頭に浮かべる。
『私と同じ苦痛を味わせる訳にはいきません。』
だから、今ここに自分はいるのだ。ジョーカーとしての立場を利用して、
目の前の男にこの槍を突き刺すために。
浩平たちに伝言を託した後、自分は高槻の元へ行くための理由を探していた。
ジョーカーとはいえもちろん胃に爆弾は仕掛けられている。
だが、FARGOの忠実な犬としてみなされている自分ならば高槻も油断するかもしれない。
「あー、それでお前を呼んだ理由だけどな。」
だが、その理由を思いつく前に高槻から呼び出しがかかった。
なぜかはわからない。
だが、千載一遇の好機。
今現在部屋の中にいるのは葉子と高槻とその間にいる何人かの黒服の男たち。
おそらくこの男たちも不可視の力の持ち主だろう。
葉子と高槻の間には不可視の力を使ったとしても二回の踏み込みが必要な距離があいている。
槍を手放していないとはいえ、成功する確率は十に一つもない。
成功したとしても高槻は所詮手先根本的な解決にはなっていなく、
自分はここで死ぬだろう。
けれど、自分はやるつもりだった。
表情を変えることなく、だけど槍を強く握り締めて…
そこで高槻は言った。
「まず、新しいジョーカーができた。092番、巳間晴香だ。」
その名前におぼえはあった。確か郁未の友人だ。
「巳間晴香?放送に会った5人の一人ですね。」
「ああ、FARGOに背いた、不可視の力の使い手だ。」
「…今度はどんな手を使ったのですか?」
高槻は得意げに一連の出来事を話す。
「そこで、だ。お前には任務がある。」
モニターに3人の顔が映し出された。
「025番神岸あかり、078番保科智子、082番マルチだ。こいつらは中継基地から脱出してしまってね。」
高槻は憎憎しげにモニターをにらみつける。
「わかるだろ?こいつらを巳間晴香にあわせるとおもしろくない。
だからこいつらを消せ。」
「ああ、」葉子の問う視線に高槻は答える。「胃の爆弾を使えば話は早い。」
そこで、高槻は肩をすくめる。
「けど、上がうるさくてね。さっきもやっちまったし。」
じっさい、ジョーカーというのはこの大会でさほど重要な役割ではない。
この一件に関しては高槻独断の遊びとも言える。
今回の指令も出し抜かれた高槻の私怨だろう。
「あまりに爆弾を使うのは、上にしてみれば面白みがないんだろうさ。」
あざけるような高槻の声に、葉子の表情は変化がない。
ただ「了解しました。」と呟いて高槻に背を向ける。
『勝機は、高槻を倒す勝機はなくなりましたか。』
けれど、と葉子は頭を振る。
『晴香さんに…郁未さんの友人が取り返しのない罪を犯すことはとめられるかもしれません。
絶望するのはまだ早いです。未だ、好機はあるのですから。』