怨恨
余りにも無残な現実を見せ付けられるのと、
それが現実だと確認する事になる放送を聞いたのは、殆ど同時だった。
「……ま…こ……と」
僕達の探し人は、また、目の前で果てていた。
「…まこと……真琴!」
すでにタンパク質の塊と成り果てたモノを、天野さんは必死で揺さぶる。
もう決して開かれる事の無い瞼が、開かれる事を信じて。
そんな天野さんを遠くから見ていることしか出来ない、僕。
激しい無力感と自己嫌悪が、僕を傷めつける。
なんで。
なんでなんでなんでなんでなんで、僕はこんなにも弱いのだろうか。
ああ、天野さんが、泣いている。
遠くへと逝ってしまった、親友の為に。
そして、そんな彼女にかける言葉を持っていない僕は、情けない存在で。
――あの時、僕が気づいてさえいれば………
「真琴……」
返事を返すことの無い、躯に向かって美汐は囁き掛け続ける。
これ以上この場所に居ても、何か得られるわけでもないと、分かっているのに。
分かっているのに、美汐はこの場所から離れられなかった。
『あはははっ!美汐、騙された〜』
そう言って、真琴が突然目を覚ますことなんて、無いと、心では理解しているのに。
体が、動いてはくれない。この場を離れたくないと、悲鳴を上げていた。
そっと、頬を撫でる。
ひやり。
冷え切ったその頬に、美汐の涙が落ちた。
祐介は、そんな美汐の姿を、ただ見ていることしか出来なかった。
何も出来ない自分が不甲斐無く、ぎゅっと唇を噛んだ。
赤い血が一滴、唇の端を伝い、落ちた。
そんな時。
「……天野」
第3者の、声。
相沢祐一だった。
真琴の遺体を、木陰の目立たない場所に安置し、祐一が手向けの花を添えてやる。
それだけが、この島で朽ちていった者に出来る、精一杯の葬式。
「……誰が真琴を…殺したんですか」
怒りを押し殺した声で、美汐が祐一に尋ねる。
祐一は俯いて……搾り出す様に、言った。
「…名雪だ」
その名前を聞き終わるや否や、美汐は立ちあがる。
手には、きつく握ったデリンジャー。
「天野さん!」
祐介が美汐の前に飛び出し、道を塞ぐ。
「…どいて下さい」
祐介は、無言で首を振った。
「待ってくれ、天野」
代わりに言葉を発したのは、祐一。
「……いくら相沢さんの従姉だからといって、真琴を殺したことには変わりありません」
美汐は祐一とは目を合わせず、吐き捨てるように呟く。
「…違う、そうじゃない!名雪は…悪くないんだ」
祐一が叫ぶ。その悲痛な声は、美汐を振りかえらせるのに充分事足りた。
そして、祐一は話す。
記憶を失った真琴に殺されかけたこと。
そんな祐一を守るために名雪が真琴を殺したこと。
そして、死の間際に真琴が記憶を取り戻してくれた事―――
「私は…誰を憎めばいいのでしょうか」
誰にでもなく、美汐がぽつり、と言った。
祐一は答えない。否、答えられない。
だが、この中でひとり、答えを知っている人物が居た。
「……僕を憎めば、いい」
長瀬祐介は、確かにそう言い放った。
答えを知っているから。
「…長瀬さん?」
美汐が不思議そうな表情で祐介の顔を覗きこむ。
「おい、何言ってんだ」
祐一が多少声を荒げ、祐介を見遣る。
祐介は二人の視線を意にも介さず、自嘲じみた笑いを浮かべ、言った。
「……だから、僕を憎めばいい。僕がもしあの時気づいていれば、こんな事にはならなかったのかもしれないんだから…」
「どう言う事だよ」
獣のような低い声で、祐一が唸るように言った。
美汐は何も言わない。
「…分かったよ。じゃあ、話そうか」
祐介は顔を上げ、二人のほうに向き直り、語り始めた。