知恵比べ
「……」
「……」
草葉の陰で二人は互いの肌のぬくもりを感じていた。
それはつかの間の暖かな時間。
「ねぇ、和樹…わたし、たよりにしても…いいんだよね?」
「ああ。頼りされたいし、頼りにしてる。」
何度も肌を重ね合い、愛し合った二人の声は、いつしか恋人へのそれと変わっていた。
「でも、いじょうなじょーきょーで結ばれたカップルは長続きしないって…」
涙声。和樹はそっと詠美の目尻を指で拭った。
「影響されすぎだ、馬鹿。」
「ごめん…」
二人は再び唇を重ね、激しく抱き合った。決して離さぬように、ぎゅっと強く。
ややあって、複数の足音。地面に寝そべるようにいた二人にそれははっきりと聞こえた。
「ちょっ…やだっ…かずきっ…!!」
「す、すまん、驚いて中で……」
「そんなばあいじゃないでしょ!」
ひそひそと怒鳴りあいながら和樹と詠美が衣服を羽織る。
いつもならすぐに着替えられるような服を、長い時間かけて着替える。
少なくとも二人にはとても長い時間に感じられた。
それは、その足音が殺人鬼であるという可能性よりも、
愛の営みを見られたくないという気恥ずかしさからきたあせりだったのかもしれない。
慎重に遠目からその姿を確認する、見知った顔二つ。
詠美には恐らくは一つだっただろう。
「南さん、玲子ちゃん!」
和樹が叫ぶ。もしもの時の為、詠美を手で押さえて隠しながら。
「も、もが…この、いたい…がずぎ〜。」
詠美の視界は、雑草で彩られた土で埋まってた。
もう一人、見知らぬ顔が一人。黒髪の少女。その可憐な風貌は、日本人形を連想させた。
声をかける前からすでにこちらを伺っていた少女。隠れていたのに。
和樹はうすら寒い思いをしながらも相手側の反応を待った。
「あら、和樹さん。無事だったんですね。」
南が顔を綻ばせて、手を振る。
玲子はこちらを伺って一瞬嬉しそうな顔を見せたが、何故かすぐにその表情が曇った。
「南さんも……よかった。」
それをしっかりと確認してから、和樹が詠美を伴って三人と合流した。
「こちらが…和樹さんは知ってますよね?芳賀玲子ちゃん。
そして、こっちが柏木楓ちゃん。」
お互いが、南を経て、自己紹介をすます。
そして、お互いの状況を確認し合う。
由宇との別れ、大志との離別、いろいろなことがありすぎた。
和樹も何度も心がくじけそうになっていて…
(だけど、詠美が、守りたい人を見つけたからな…)
「何よ、あんまり見つめないでよ…ぽちのくせに。」
照れ隠しからか、詠美がそう言って…目をそらさず和樹を見つめ返す。
「あらあら、なにかお熱いですね…何かありました?」
「ななな、なんにもないわよ!し、したぼくはしたぼく。
この詠美ちゃんさまにつくすのはとーぜんのことよ、ね、ぽち!?」
いつもならむかついていた詠美の悪態が和樹にはほほえましく感じられた。
もしかしたら和樹は大きく変わったのかもしれない――いろんな意味で。
(でも、南さんも変わらないよな……)
和樹が玲子と南をじっと見つめ、そう感じたままを思う。
(玲子ちゃんが元気無いのは気になるけれど、こんな島にいてもいつもと変わらず…
無理してるわけじゃないよな…?……っ!?)
突如、足に鋭い痛み――!!
怒りに身を任せた詠美の――足が和樹の足を踏み潰していた。
「ふふふ、今度は私達のほうですね。」
南が、淡々といつも通りの調子で事の顛末を語り出した――。
和樹の、詠美の顔が少しずつ青く、深刻なものになっていく。
ここにいる少女――何を考えているか分からないので和樹はどうも気を許せない――楓と、
その姉の闘い、そして、女――きよみの放送とその最期を。
いつもと変わらない南の口調だけが不自然に浮いていた。
胃の中に爆弾……和樹は由宇が遺した最後の手紙を思い出す。
(本当に……全員に…埋め込まれているものなのか?)
もしそうなら絶望的ではないか。和樹は唇を噛締めた。
闘うどころか、逃げることもままならないではないか。
自分たちの命はすべて向こうの奴等の思うがままということになる。
「……それはどうでしょう?」
今まで黙っていた楓が、和樹の心の問いに答えるように口を開いた。
「仮に…爆弾が全員に埋め込まれてるとします。
起爆するときはリモコンか何かの遠隔操作だと思います。
それはどんなときに爆発するんでしょう……
たとえば、この島の裏側…地球で一番離れたところにいる人を爆発させることができますか?
どんなに優秀な科学者であろうとも、現代の科学力でそれを実行するには不可能だと思います。」
「そうか…」
和樹の顔に希望が見える。そう、爆弾には有効距離があるに違いない。
「それにあの女性を爆発させたとき――確実にあの人を爆破させました。」
哀しみに少女の瞳が揺れる。
「それは、爆弾を起爆させるスイッチがあるはずです。もちろん、一人一人区別して爆発させる方法…
小さなリモコンなんかじゃなく、大きなコントロール室みたいなものが。」
……その少女の見事な推理に、全員が水を打ったように静まり返る。
「あの人の死は無駄なんかじゃありません。」
ただの少女の憶測に過ぎなかった。だが、それは確かな理論に裏づけされていて。
つまり、爆弾には有効距離があるということ。
そして、それを起爆させるスイッチはおそらく大掛かりなもので、持ち運びなど出来ないだろうということ。
大体島全体が有効範囲だろうと、楓は呟いた。
この島から脱出、あるいはコントロール室を押さえることで、希望がみえてくるのかもしれない。
――ちなみに詠美だけは意味がわからず、その場で立ちつくしていた。
「私の推理はここまでです…そうは思いませんか?牧村――南さん。」
楓が南と正面から対峙する。
「………」
南は何も言わず、彼女を見ていた。
楓の行動に面食らいながらも、和樹達はそれを見守ることしか出来なかった。