後少しだけ、約束


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「私の推理はここまでです…そうは思いませんか?牧村――南さん。」
すべてを話し終えた楓の声が、響く。
まるで、名探偵が話の最後に犯人に話しかけるかのように。
(楓……ちゃん?)
不安そうに詠美が和樹の腕をつかんだ。
(……よく状況がつかめない…)
和樹はただ何も言えずそれを見守ることしか出来なかった。

「……」
沈黙の時が続く。
南は、何か思案するように一人一人に視線を向けた。
「……そうですね…」
南が再び楓に視線を移す。
「すごいわ、楓ちゃん。私にはそこまで分からなかったもの。
まるでシャーロック・ホームズのように――」
「もう、やめませんか?」
楓が、南の話を遮る。
気がつくと南の顔からも微笑みが消え失せていた。
「……初めから気づいてました、南さん。
あなたも……私が疑っていること知ってたと思います。」
「……」
「答えてください…あなたは…主催者側の人間ですね?」
冷たい風が吹き抜けた――気がした。
「そうねぇ……どうしてそう思ったのかしら?」
はっきりと肯定こそしなかったが、その落ち着きぶりが
ただの楓の狂言ではないということを裏付けしていた。
「……証拠はないです。ただ、カマをかけただけですから。」
と、楓は返す。
「すごいわね。きっと将来大物になるわよ…将来があれば……の話ですけど。」
南の表情に再び笑みが戻る。だがその笑みはどこか冷たく残酷で――。
「ひっ……!!」
すぐそばにいた玲子が南から離れるようにあとずさる。
和樹にも、今目の前で起こっている事が悪夢のように感じられていた。

「きゃあっ!」
玲子の胸が血に彩られていく。
胸に、銀色の手裏剣。
ほぼ同時に、南のいた空間は楓の鉄の爪によって引き裂かれていた。
「玲子ちゃん!?」
悲痛な楓の叫び。とって返すように玲子のもとへ――
ヒュッ!
手裏剣が楓の行く手を阻んだ。
「手裏剣の練習した甲斐がありました。ここまで使いこなせるようになったんですよ。」
南が少し離れた場所から手裏剣を構えて立っている。
「………!!」
楓が憎しみを込めて南を睨んだ。
再び手裏剣がうなりをあげて飛ぶ。
キンキン!!
楓が爪でそれを弾きおとし、一気に間合いをつめようと隙を窺う。
だが……
「か、かずきっ!」
詠美の泣き声。詠美と和樹にも手裏剣が飛ぶ。
楓がそれに飛びつくように体を踊りだすと、それを叩き落す。

腹から無様に着地する。
「……くっ!」
痛みに顔をしかめながら楓が南を見ると、いつの間に持っていたのだろうか……
玲子の釘バットを振り上げた南の姿が眼前に広がっていた。
「よけないほうがいいですよ。後ろにいる玲子ちゃん…確実に死んじゃいますから。」
楓は地面に転がったまま南を見上げた。
この態勢から反撃はできなくても、釘バットをよけることはできるかもしれない。
だが、楓のすぐ背後に玲子の姿。
よければ玲子を直撃してしまうだろう。
鬼の力をもってすれば玲子を抱えて飛ぶこともできただろうが、
――それどころか同時に南を切り裂くこともできるだろう――
今は鬼の力なんてほとんど発揮できない。
「本当は千鶴さんの件があるからアレなんだけど…さようなら。」
「――!!」
絶体絶命。楓は死を覚悟した。
そして南のバットが振り下ろされ――!
「動くな……動けば撃ち殺す!!」
南の動きが止まる。
和樹が、まだ使われたことのない機関銃を持って立っていた。

南が和樹に視線を移す。
「和樹さん……」
和樹は震える手で銃口を南に向けていた。
「嘘だろ…?こんなこと…南さんがこんなことするわけないじゃないか…
誰でもいい…嘘だって言ってくれよ……」
だが、それに答える者はいない。
「頼む……撃ちたくないんだ……南さん、ここから何も言わず立ち去ってくれ……」
それは本当に悲痛な嘆願だった。
「……」
南が無言のまま、二人から離れる。
「……せっかく強力な重火器を持ってるんです。
でも、そんな甘いことではこの先生きていけませんよ。」
そう言い残し、南は森の奥へと消えた――。

「玲子ちゃん、玲子ちゃん!」
楓がその顔が血で汚れることも構わずに玲子の傷口に口をつけては吸い出す。
その機械的な作業をずっと続けていた。
手裏剣には毒が――塗られていた。
和樹は少しずつ呼吸が弱まっていく彼女の手を握りしめることしかできない。
詠美はただ、目の前の惨劇に嗚咽を漏らしつづけていた。
「ごめんね…私、楓ちゃんのこと…怖がってた…」
「もう、しゃべらないで…」
玲子は手の甲で楓の涙を拭う。
「わたし、ばかだから……一緒に、帰れなかったね…約束。」
「………!!」
何も言わず、何も言えず玲子を抱きしめる。
「千堂クン、私、こみパもう一度行きたかったな……」
抱きしめた楓の腕に、どこか玲子の体が重くなった気がした。

――どうして撃たなかったんですか?――
楓はそう聞けなかった。
本当は構わずに撃ってほしかった。
おそらく巻き添えで自分も死んでしまうだろう。
鬼の力を発揮できない今、弾丸をすべてかわすことなんて不可能なんだから。
楓には南と和樹の関係は分からない。
多分、かけがえのない人なんだろう。
それでも――そう思わずにはいられなかった。
(あの人は、また人を殺めるのだろうか。
何食わぬ顔で別の人と行動するんだろうか?)
それは楓には分からない。

「これから…どうするんだ?」
和樹が楓に尋ねた。
もう和樹に、楓に対し気を許せないという感情はなかった。
「……生きて帰ります。たとえどんな悲しみが待っていようとも。」
絶対に生きて帰る。それが楓に残されたもう半分の約束。
「……そうだな……生きて、帰ろうぜ。」
「和樹さん達は自分の思った通りに行動して下さい。
何かあったら……またここで。」
「一緒に来ないのか?」
「すみません。」
少し残念な気もしたが、冷静な楓のことだ、彼女にも考えあってのことだろうと深くは追求しなかった。
――何かあったらまたの場所で。
悲しみに溢れたここで再会の約束を交わして。
そして、楓もまた南の消えた森の奥に消えて行った。

「行こうぜ、詠美。」
「ふみゅ?」
まだ泣き止まぬ詠美にそっと口付けする。
「生きて……帰るためにな。」


080 牧村南  釘バット回収、手裏剣残数不明
070 芳賀玲子 死亡

【残り52人】

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