武器を持つこと、疑うこと
祐一が。
誰よりも信じていた祐一が……
『もう、いい。俺の前から消えてくれ。
でないと、俺、おまえに何するかわからない…』
どうしてだよ。
祐一の為にしたことなのに。
どうしてだよ。
もう、誰も、信じられないよ……。
……誰も信じなくて……いいの?
「あ……名雪さん!」
琴音は、血にまみれた名雪の姿を見つけ、立ち止まった。
もう日は傾きかけている。
だがしかし、一度はぐれた人とこんなに短時間で再開できるとは思ってもいなかった。
「名雪さん、どうしたんですか!?」
「……」
名雪は答えない。虚ろな目を、琴音に向けるだけだった。
そして、琴音は気付いた。
名雪の右手に、血の滴るナイフが握られていることに。
「……名雪、さん……?」
一歩下がる琴音。
そこで始めて、名雪が反応を返す。
「……祐一の為にあの子を刺したのに。
……祐一が、私に銃を向けたんだよ。
……私、どうすればいいんだよ。
……私もう、笑えないよ。
……笑えなくなっちゃったよ……」
その声は、夜の闇よりも深い絶望で染められていた。
琴音は、その言葉だけで事情を察したようだった。
「名雪さん……」
「琴音ちゃん……一緒にいてくれる?」
琴音の方を向き、哀しそうな、哀しそうな顔で、微笑む。
その笑顔が痛くて。
見ているのが辛くて、
「……はい、一緒に行きましょう」
琴音は、笑い、微笑み返す。
名雪はその返事に満足したように更に表情を崩す。
「嘘」
琴音は何が起きたのか、一瞬に理解することができなかった。
そして気付いた時には、ナイフを持った名雪の右手が、自分の左肩に延びていて。
ナイフは自分の方を抉り、傷口からは、鮮血が流れ出ていた。
「い……きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!
あ、あ、あうっ、あっ、あっ……ひ、い、いたい…いたいぃ……」
悲鳴を上げ、琴音はその場を走り去った。
名雪はそれを満足そうに眺め、つぶやく。
「嘘だもんね。
もう、誰も信じちゃいけないんだよね?
そうだよね、祐一……」
誰とはなしに言った名雪の表情は、驚くほどの笑顔で。
その顔は返り血を浴びて、異常な冷たさを発していた。
肩のナイフを抜き、琴音は走った。
ナイフは捨てない。何故かわからなかったが、捨てなかった。
――裏切られた。
――名雪さんに、裏切られた。
――なんて馬鹿だったんだろう、やはり誰も信じちゃいけなかったんだ。
――そう、信じられるのは。
浩之、あかり……何人かの顔がよぎる。
――早く、あの人達に会おう。
――他の人は、狂っている。
――名雪さんみたいに、狂っている。
――だから、コロソウ。
立ち止まり、自分の持つナイフを見つめる。
本能が、その武器を捨てさせなかったのかもしれない。
だが、これだけでは心許ない。
「銃があれば……」
知らずのうち、言っていた。
「銃が欲しいですか!?」
突然の声に、凍り付く。
声も出なかった。
「あぁ、私は管理側の人間です、危害は加えませんので、心配なく」
その声の方を向く。
黒いコートを着た男が、小銃を手に、立っていた。
「もう半分くらいの人数になっていましてねぇ。
この状況で銃がないのは、少々厳しいでしょう。
そこで、我々からのサービスですよ。ゲームを公平にすすめるための、ね」
男の言葉が真実がどうかはわからなかった。
そんなことはどうでもいい、武器が手に入るのだったら。
ゲームの参加者だったら、こんなこと言ってないでさっさと殺しているはず。
この男は……ゲームの管理側だ。
琴音はそう判断して、答える。
「……お願いします……」
その声に迷いはなかった。
琴音は、強くなった。
それが正しいと信じて、曲がった方向に、強くなってしまった。