おしゃべり南さん


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“ゆらり”
南は釘バットを大上段に構えた。
彩との距離は5メートルあまり。

彩の顔に怯えの色が走る。
地面に伏せている自分にとってこの高さから振り下ろされるバットの打撃は
間違いなく致命傷になる。
(もし外したら…)
血まみれになる自分の顔を思い浮かべ、銃把を握る手に汗が滲む。

対照的に南の口元には余裕の笑みさえ浮かんでいる。
大上段の構えのまま世間話をするかの如く、彩に話し掛ける。
「そういえばですね、さっき和樹さんと詠美さんに会ったんですよ。」
「…?」
彩の脳裏を名前の二人がよぎる。
憧れの人(和樹)と大切な同人友達(詠美)…

南は言葉を続ける。
「二人、こんな状況でもまだ諦めてませんでしたよ。
和樹さんは瑞希さんが、詠美さんは由宇ちゃんが亡くなったのにね。」
「……」
「守らなければならない存在ができたのかも知れませんね。
和樹さんと詠美さん、お互いを見る目がいつもと違いましたし…」
「……(え?何…)」

彩は南の言葉から耳を離せなかった。

“じわり…”
彩が気付かぬうちに南は半歩前に出た。

更に南の話は続く。
「―――恋人?そう、そんな雰囲気でしたね〜。あんな状況ですから、恐怖を忘れるために一時の快楽に身をまかせて〜」
「……(恋人?快楽?)」
彩にとって絶えがたい言葉が次々と投げかけられる。
憧れの人と友に対しての侮辱…

あと4メートル。

話は佳境に入った。
「まぁ、こみパで言うなら大手は大手とくっ付くって事かしら?島の常連の長谷部さん?(クス 」
…そして自分への侮辱…
「…許せません!」
銃把と引き金に力が入る。

あと3メートル半。


結花は動けなかった。

スフィーを芹香に任せ彩を援護すべく、すぐにでも南に跳びかかるつもりだった。
が…動けない…

釘バットを取り出す際に見せた南の笑顔。
“すぐにでも貴方達を殺すことができるんですよ”
そんな言葉がついてきそうなあの笑みが頭に浮かび結花の心を挫く。
また、そんな自分の弱さに焦り、苛立ち、いつしか足は鉛になっていた。
“動け、動いてっ、何で動かないのっ!”

あと3メートル。

「うふふ、安全装置が掛かったままよ」
「?」
完全に南のプラフだった。
しかし一瞬、ほんの一瞬だが彩は視線を南から切ってしまった。

“ビュン”
“パンッ、パンッ!”
風切る音と自分の拳銃の発射音を聞いたのを最後に彩の意識は途切れた。

“パンッ、パンッ!”
「くぅっ!」
彩の放った弾丸の一発が南の右手を破壊した。
そのぶん、軌道はややずれたが釘バットは彩の首の右側をとらえた。
“ズシッ”
手応えを感じたと同時に、南の右手に激痛が走る。
が、すかさず左手に持ち替え彩の動かない頭に向けて止めの一撃を―――

その瞬間、腹に強烈な風を受けて南は吹っ飛ばされた。
そしてそれが風で無い事に気付いたときには、目の前に猛スピードで振り下ろされる踵が迫っていた。

「うぁぁぁぁーーーーっ!」
叫び声と共に跳び出した、結花の胴タックルが南を吹っ飛ばし
踏みつけが南の顔、上半身を襲う。
“グジッ、グシャッ、グシャッ、グシャッ……”
眼鏡が粉々に砕け、前歯が消えた。

釘バットを握ったままの左手は砕けた骨が見えるまで踏みつけ
最後に釘バットで南の両膝を砕いた。


「彩ちゃん…彩ちゃん…」
南を再起不能状態にした結花は彩に懸命に声をかけた。
彩の首は力なく揺れ、呼吸も弱々しくなりつつある。
かけつけた芹香、スフィーにも手の施し様が無い事は明らかだった。

「…ねぇっ、彩ちゃんの絵本、まだあたし見せてもらってないよ!壁さーくるってのになるんでしょ?」
彩はすまなそうに笑い結花の手をそっと握り締めた。
「ユ…カ…サン…ゴメン…」
「ねぇ、お願い…起きて…絵本…見せてくれるって…言ったじゃない…」
結花の涙が彩の顔にぽろぽろ落ちる。
最後にもう一回結花の手を握り、彩の瞼は閉じた。
「ごめん…ごめんよぅ…彩ちゃん…」

長谷部彩 死亡
牧村南 両手、両膝複雑骨折。顔面の損傷も激しく行動不能。

残り54人

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