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黒船来襲


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「明日は競馬や、ダービーやで、みすず!」
「って、ここに場外馬券売り場なんてないから買えへん…残念や」
「せやけどなー、買ってたらあたってんねん。間違いなくあたってんねん!」

「なんでそんなに自信あるかなぁ…」

「いや、ジャングルポケットはかつねん。角田、がんばんねん。とにかく、ジャンポケやねん。一番人気でもええねん。金はふえんねん。今、実はウチ生活くるしいねん。給料低いねん、うち。橘家は全然かねくれんし。いっそここで死んだほうがうちら楽かもしれへん。どうや、みすず、死なんか?」

「おかあさんといっしょ!」

「えぇ、それええで、みすず。じゃじゃ丸、ぴっころ、ぽろりやな。
「うん、にははっ」

ともかくここでは平穏に時は流れてました。

「と、そこの、ちょっとこっちきぃ」
 急に振られて少し(というか相当)、あさひはどきりとした。
「あ、はぃ……えっと、なんでしょう?」
 そういってあさひは神尾晴子のほうにゆっくりと、物怖じするうさぎのように、寄っていった。
「あんさん、声優やっとんねんてなぁ?」
「あ、はい…。一応……」
「実況できるか?」
 あさひはキョトンとした眼で晴子の目をみた。
 晴子の目は、真剣だった。
 え、実況? なんで? というかなんでここで? それ以前に実況ってアナウンサーの仕事なんじゃ……? えぇぇぇっ?
「あの、そのですねぇ……」
「なんや? できんのか?」
 晴子がキッっとこっちを睨んで、そういった。
「ひっっ、いや、できないわけじゃないわけじゃないんですけど……」
そういうと、晴子の顔が、にかっ、と明るくなった。
「よっしゃぁ、それなら善は急げや、みすず、紙だし!」
「はい、お母さん」
 神尾観鈴はポシェットから、メモ帳とペンをだして、晴子に渡した。
「えらいっ、さすが我娘や、ちゃんとペンまでだしとる」
「にははっ、みすずちんえらいっ」

 数分間、神尾晴子は紙に向かって何かを書いていた。そして、今、
「でけたっ! 完成や!」
 今書きあげたメモ帳5枚に渡る大作をあさひの目の前においた。
「よろしくたのむでー、嬢ちゃん」

 仕方ない。そうあさひは観念して、メモ帳に眼を通す。
「では、いきますっ!」

「さあぁっ、今年もついにこの日がやってきましたーっ!」

「ストップ!」

 あさひが一行読み始めた直後に、ストップがかかる。

「へっ?」

「ちゃう、違うんや、そうやない」

「さぁ、今年もついにこの日がやってきました。って淡々と読むんや! あんたのならアイドルのコンサートみたいやないかっ!」

 あの、私、一応声優アイドルなんですけど……。
 アナウンサーじゃないんですけど……。

 ともかく、ここは平和だった。

 神尾晴子のアナウンサー教室が開講して、1時間。
 いまだにそれはまだ、続いていた。

「ちゃう、そうやない。もっと気合いれぃ! 今、女性実況アナなんかおらんで? あんたがその一号や! フジでも関テレでもたんぱでもテレ東でもどこでも勤められるでっ!」
 神尾晴子は、鬼コーチだった。
「あさひちゃん、ふぁいとっ!」
 神尾観鈴は何故か応援してくれいた。

 わたしは思う。
 現実を忘れるってことも大事なんだな。
 これは、きっと神尾親子の気遣いなんだな。と。

 いや、えっと、忘れちゃ駄目なことがなにかあったはずなんだけど…。

 あさひはそれが何か、思い出すことはできなかった。

 それから1時間、更にトレーニングは続いた。

 「完璧や、完璧すぎや、嬢ちゃん」
 「あ、ありがとうございます、コーチっ!」

 桜井あさひは完璧に数時間でやりとげた。
 ダービー(晴子仮想、ジャングルP勝利)の実況を。
 さすが天才声優アイドル、桜井あさひ。

 「そうだっ、忘れてましたっ!」

 「ん? なんや? あさひちゃん?」

 あさひは急にいままでと違う雰囲気にのまれていった。
 それを察したように、晴子の顔から、笑いが消えた。

 「あの、いきなり現実に戻すようで悪いのですが……。その……」

 そこで、あさひは下を向いて、その後の言葉を出すことができなかった。

 「なんや? あんたが今言うことならなんでも受け入れられるような気がするから、なんでもいい。えぇ、ウチが好きやったら抱きしめてくれてもええんや。そんかわし、観鈴おらんとこでやろなっ」

 晴子はそういって、また、笑った。そして、

 「ちょっとこっちきぃ」

 あさひの腕を軽くひっぱり、木陰にもぐりこむ。

 「ん? お母さんどこいくの?」

 応援に飽きて、近くにさいていたたんぽぽで花輪を作っていた、観鈴が2人のほうを向いてそういった。

 「ちょっとな、トイレや、トイレ、すこしまっといてーな」

 「うんっ、まってる」

 そういって観鈴はこっちにお尻を向けて、又、花輪を作り始めた。


「えっ…、ええっ、違うっ…、そうじゃなくて、その、えっと…」
 あさひは顔を真っ赤にしながら、慌てふためきながら、晴子のなすがままに、ひかれていった。
「もうこの辺でいいやろ。あんまり離れすぎても、アレやしな」
 晴子は脚を止め、あさひの手を離して、
「誰か、死んだんやな?」
 晴子は続けた。
「誰や? 居候か? それとも、敬介、か?」
「……私が知っているのは、後者、です……」
 そういって、あさひは目を閉じて、頭を地面に向かって、下げた。
「えぇ、どんなことああっても仕方ない。この状況や。どんな状況で死んだ、とかそんなことはどうでもええわ。ともかく、伝えてくれてほんまありがとう。それに、私は敬介の妻やないしな。別にあいつが死にやってもあんまり関係ないんや」
 でもな、と言って晴子は続けた。
「観鈴の父親なんや。アイツは。だからな、一応や。観鈴は、アイツのこと、ロクにしらんかもしれへん。でもな、一応アイツの前ではいわんといてくれんやろうか、お願いや」
「……わかりました。でも、そのです、本当に、その……あの……わたしっ、なんといっていいか……」
 あさひの目に、涙が溢れた。
「えぇ、ほんとええから。そんかわりや、あと、もうひとつ、あさひちゃんに頼みたいことがあるんや」
「……はい」
「観鈴の、友達になったってくれんか? あの子な、ロクにいままで友達おらんねん。だから、な? これがお願いや」
「……はい、判りました……ありがとう、ございます」
 あさひが崩れ落ちそうになるのを晴子は抱きとめて、
「そろそろ戻ろうか、みすずが心配や」
 そうして2人はさっきまでいた場所に向かって歩き始めた。
「ほら、これで涙ふきや。そんな顔で帰ったら、観鈴、驚くで?」
 あさひは、晴子から手渡されたハンカチで、涙を拭いた。

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